見えない宇宙までとらえる“眼” イメージセンサーが支える宇宙観測
2026.07.06
スマートフォンやデジタルカメラの画質を支えているイメージセンサー。その技術は今、生産現場の自動化やAIを支える半導体検査、さらには宇宙観測へと活躍の場を広げています。 ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)のイメージセンサーは、ダークマター観測や広域天体観測といった最先端の宇宙プロジェクトにも採用されました。日常を支えてきた技術は、なぜ厳しい仕様が求められる宇宙観測の分野でも評価されたのか。イメージセンサーの商品企画を担う藤岡弘文と、設計を担当する久木田学に、その技術的な背景と今後の可能性について聞きました。
イメージセンサーは、産業を支える“電子の眼”
―― イメージセンサーは、どのような産業や製品に使われているのでしょうか。また、多種多様なイメージセンサーがある中で、産業用ならではの特長について教えてください。
藤岡
イメージセンサーは“電子の眼”と呼ばれ、人間の眼でいう「網膜」の役割を担う半導体です。スマートフォンやデジタルカメラでは、思い出を美しく残すために使われていますが、実は私たちの暮らしや産業を支えるさまざまな場面でも活躍しています。 私たちが主に担当している産業用イメージセンサーは、生産現場の検査や物流における画像認識による自動化、工場で働くロボットの”眼”の役割として活用されています。 多品種であることが特長で、SSSでは100種類を超える幅広いラインアップを展開し、多様なニーズに応えてきました。 スマートフォン向けと異なり、産業用はサイズや搭載スペースの制約が比較的少ないため、用途ごとに求められる性能を最大限に追求した設計が可能です。小型化が求められる場合もあれば、広範囲を高精細に検査するために、超多画素の大型センサーが求められる場合もあります。このように多様な現場で培われた技術をニーズに応じて最適化できることが、産業用イメージセンサーならではの特長です。
多様な現場が求める、高感度・低ノイズ技術
―― 産業用イメージセンサーの技術的な強みについて教えてください。
久木田
SSSはCCDイメージセンサーの時代から、光を電気信号に正確にとらえるための画素性能の向上に取り組んできました。その中で培われた「高感度」や「低ノイズ」の技術は、私たちの大きな強みの一つです。 現在のCMOSイメージセンサーでは、光が入る側に配線がない裏面照射構造*を採用することによって、従来は配線で遮られていた光や斜めから入射光する光も効率よく取り込めます。これにより、暗い環境下でも鮮明な画像を取得できる高い感度性能を実現しています。 また、イメージセンサーは、どれだけノイズを抑えられるかも重要です。天体観測など長時間露光(光を取り込む時間を長くする撮影)で特に課題となるのが「暗電流」と呼ばれるノイズです。本来、イメージセンサーは光を受けて発生した電子を信号として扱いますが、熱などの影響によって、光とは関係なく電子が発生してしまうことがあります。これが「暗電流」です。 たとえば、有機ELディスプレイの製造現場では、暗い画面に現れるわずかなムラまで検出する必要があります。そのため、「微かな違いを見分ける」「暗い中でも正確にとらえる」性能が求められます。こうした検査では、暗電流をはじめとするノイズを抑える技術が重要な役割を果たしています。*) 裏面照射型構造:配線層を受光面の反対側に配置することで、より多くの光を取り込めることを実現したイメージセンサー構造
宇宙観測用途で活用されるイメージセンサーがとらえた地球の姿 出典:SuperBIT Team
多彩なニーズに応えてきた技術が宇宙へ
―― SSSのイメージセンサーは、どのような宇宙観測プロジェクトに採用されたのでしょうか。
藤岡
「IMX455」というイメージセンサーが、天体観測用カメラで世界的に知られるQHYCCD社のカメラシステムに採用されました。特長として、約6,117万画素の高解像度に加えて、高感度かつ低ノイズであるため、地球から遠い暗い天体の撮像に適している点があります。さらに、ダイナミックレンジも広いため、暗い星と明るい星の同時観測でも性能を発揮します。
QHYCCD社 ソニー製イメージセンサー搭載カメラ:QHY600Pro
IMX455は、異なる目的を持つ二つの宇宙観測プロジェクトで活用されています。 一つは、高度気球を使った観測プロジェクト「SuperBIT」。サッカー場ほどの巨大な気球を成層圏まで浮かべ、宇宙を観測する壮大なプロジェクトで、ダークマターの観測がテーマの一つになっています。 実は、宇宙には、見えている星だけでは説明できない“見えない質量”が存在すると考えられています。それがダークマターです。宇宙の成り立ちを理解する上で重要な存在と考えられていますが、その正体は今も解明されていません。「SuperBIT」ではダークマターが生み出す重力の影響によって光が曲がる「重力レンズ効果」を観測することで、その存在や分布の解明に挑んでいます。
SuperBITを搭載したNASAの超高圧気球 出典:NASA and Bill Rodman
もう一つは、複数の小型望遠鏡を組み合わせて広大な空を同時観測する「LAST(大規模アレイ探査望遠鏡)」プロジェクトです。複数の望遠鏡を組み合わせることで、満月約1,800個分に相当する広い範囲を一度に観測することができます。宇宙では、いつ何が起こるか分かりません。「LAST」は広範囲を長時間モニタリングすることで、突発的に発生する天体現象や時間とともに変化する天体の様子をとらえることをめざしています。
LASTは、全48台もの望遠鏡で構成されるシステムを活用 Large Array Survey Telescope (LAST)
これまで私たちは、多種多様なお客さまのニーズに応える中で技術を磨いてきました。その積み重ねが宇宙観測にも生かされていて、異なるアプローチで宇宙の謎に挑む観測を支えることで、SSSのイメージセンサーは「見えない宇宙までとらえる眼」として、宇宙のダイナミクス解明に貢献しているのです。
想定を超えて広がるイメージセンサーの可能性
―― IMX455は、どのような特長が評価され、天体観測用カメラに採用されたのでしょうか?
藤岡
まず背景として、産業用途では、お客さまのニーズが非常に多様であるため、用途に応じて他部署で開発したセンサーを生かしながら提案することがあります。IMX455は、写真や映像を美しく撮影するために開発されたイメージセンサーでしたが、その高感度・低ノイズ性能やハイダイナミックレンジ性能が評価され、宇宙観測というまったく異なる分野でも採用されることになりました。 まず、評価されたのが、低ノイズ性能です。天体観測では、何時間もかけて遠くの天体から届く微かな光を集めます。しかし、露光時間が長くなるほど、センサー内部では熱によるノイズも増えていきます。本来は星ではないはずのノイズが、星のように写ってしまうこともあるため、いかに暗電流を抑えられるかが非常に重要になります。 IMX455には、こうしたノイズを抑えるための技術が生かされており、微かな光をより正確にとらえることができます。もともとは他用途で磨かれてきた低ノイズ技術ですが、結果として天体観測でも高く評価されることにつながりました。
久木田
天体観測では、遠くの暗い星を観測したい一方で、近くの明るい星も同時にとらえる必要があります。実は、明るい星を基準にしてレンズの歪みなどを補正しているのです。そのため、暗い星だけでなく、明るい星もしっかり撮れないといけません。 また、観測したい天体の光は非常に微かなので、「どれだけ微かな光をとらえられるか」と同時に、「どれだけノイズを抑えられるか」が非常に重要になります。 IMX455は、高感度・低ノイズ性能に加え、明るい星から暗い星まで広くとらえられるハイダイナミックレンジも両立していたことから、天体観測用途でも高く評価されました。
SuperBITによって撮影されたタランチュラ星雲 モノクロカメラにRGBのフィルターを1枚ずつ重ね合わせて撮影 出典:SuperBIT Team
―― 天体観測用カメラに採用されたと聞いたとき、どう感じましたか。
藤岡
別用途を想定していた製品ですので、最初に聞いたときは「こんな使われ方もするのだ」と率直に驚きました。ただ、お客さまから話を伺っていく中で、遠くの天体から届く微かな光をとらえるために、高感度や低ノイズといった性能が求められていることを知り、「私たちが磨いてきた技術が、宇宙観測で必要とされているのか」と納得しました。 また、個人的な話ですが、大学では物理学を学んでおり、ダークマターに関して強い興味を持っていました。学生時代に学んでいた宇宙の謎の解明に、「自分の仕事がこういう形で役立つのか」と考えると、とても感慨深いものがあります。
久木田
プロジェクトの話を伺っていて、天体観測では約30時間も露光すると聞いて驚きました。普段の産業用途では、マイクロ~秒程度で撮影することが多いので、まったく違う世界だと感じました。長時間にわたって光を集めるほど、微かな天体をとらえやすくなる一方で、センサー内部で発生するノイズの影響も大きくなります。そうした話を聞いて、「だから低ノイズであることが重要なのか」と理解しました。
LASTによって撮影された球状星団 出典:Weizmann Astrophysical Observatory, Kibbutz Neot Smadar, Israel
AI時代のものづくりを支える“眼”へ
―― そのほか、宇宙観測と共通するニーズを持つ分野において、産業用イメージセンサーはどのようなアプリケーションでの活用・貢献が期待できますか。
藤岡
宇宙観測以外にも、このイメージセンサーの技術はさまざまな分野で活用されています。たとえば、フラットパネルディスプレイ(FPD)製造検査や航空撮影などです。高解像度で微細な違いをとらえる性能は、スマートフォンの画質を左右する品質検査や、地図サービスに使われる航空写真の精度向上に貢献しています。
久木田
今、産業用イメージセンサーは、大きく「高速化」と「高解像度化」が求められています。生産ラインでは、製品を効率的に高速で検査したいニーズが高まっていますし、一方で微細な欠陥を見落とさないためには、より高い解像度も求められます。高速化と高解像度化をいかに両立するかは、イメージセンサー開発における重要なテーマです。
藤岡
そうしたニーズが今後さらに高まると考えられるのが、AIを支える半導体の製造分野です。近年の AI 向け半導体では、複数の小さなチップを組み合わせて性能を高める「チップレット」技術が広がっています。こうした構造では、わずかな欠陥やズレが性能に大きく影響するため、製造工程において極めて高精度な検査が求められます。 宇宙観測と同じように、「極めて微細な違いを高精度にとらえる」ことが重要になるので、その“眼”として、産業用イメージセンサーへの期待も高まっていくでしょう。
技術を社会につなぐために選んだ道
―― 学生時代の興味や関心は、どのようにSSSへの入社につながっていますか。また、現在に至るまでのキャリアについて教えてください。
藤岡
私は、世の中の“からくり”を知りたいという思いから、物理学を学んでいました。研究そのものは面白かったのですが、純粋な学問よりも直接的に社会の役に立つ応用的な研究を行いたいと思い、企業での研究開発職を選びました。 ソニーへは中途入社で、当時、研究開発段階だった有機ELディスプレイの開発を担当しました。その後事業化し、担当していた製品がエミー賞を受賞するなど評価もされ、エンジニアとしては充実した日々を送っていたのですが、ビジネス面では課題もあり、残念ながら事業撤退することになりました。 その時に、「どれだけ良い技術でも、事業として成立しないと続けられない」という現実を強く感じたのです。 そこで、「次は事業を回す側も経験してみたい」と思い、社内公募制度を使って、現在のイメージセンサー事業へ異動しました。
久木田
私は電気情報系で、電磁波を使った研究をしていました。たとえば、地中に埋まっている物体に電磁波を当てて、形状や素材を推定する研究です。一方、将来については「半導体が今後、社会の基盤になっていく技術」という感覚があり、その中心に関わりたいという思いからSSSを選びました。 とはいえ、イメージセンサーがここまで幅広い用途に関わっているとは思ってもいませんでした。イメージセンサーと聞くと「カメラの部品」という印象が強いと思いますが、実際には工場の検査装置、医療、航空撮影、宇宙観測など、本当に用途が広い。この部分は入社して驚きました。
―― イメージセンサー開発に携わる中で、どのような点に面白さややりがいを感じていますか。仕事にかける思いも聞かせてください。
藤岡
イメージセンサーの開発は、企画や設計、製造など本当に多くの人が関わる大規模開発で、一つの製品をつくり上げていきます。そうした大規模な開発を支える仕組みや、多くの人の力を同じ方向に向けていく実行力は、ソニーの強みの一つだと感じています。 私が担当している企画の仕事では「数年後に世の中で何が求められるのか」を予想しながら製品開発を進めています。実は、お客さま自身がまだ気づいていないニーズがあることも少なくありません。 そのため、市場の変化や技術の進歩を見ながら、「こうした特性が求められるのではないか」と仮説を立てて提案していきます。もちろん、その予想が必ず当たるわけではありません。でも、自分たちが描いた未来が実際に形になり、お客さまに受け入れられたときは大きな達成感があります。とても難しい業務ですが、面白さと大きなやりがいを感じています。
久木田
イメージセンサーは、用途に応じて求められる特性が違います。「こういう性能が欲しい」と言われたときに、どうやって実現するかが、この仕事の面白さの一つでもあります。 一方で、用途が変わっても根本は同じです。工場検査でも、航空撮影でも、天体観測でも「どれだけ正確に光をとらえるか」は共通しています。だからこそ、別用途向けに磨いてきた技術が、結果として宇宙観測でも役立ったのだと思います。開発していた時には想像していなかった分野で評価され、新しい価値につながっていく。それはイメージセンサーならではの面白さだと感じていますね。
―― これからSSSやイメージセンサー業界をめざす人に向けてメッセージをください。
久木田
イメージセンサーは、実はかなり幅広い技術の集合体です。半導体や回路、光学、ソフトウェア、AI、物理、材料など、本当にさまざまな分野が関わっています。そのため、自分の専門が直接イメージセンサーに結びついていなくても、活躍できる場面はたくさんあると思います。 むしろ、多様な専門性を持った人が集まるからこそ、多角的な視点で新しい発想や技術が生まれる部分も大きいと思っています。これからこの分野をめざす方には、自分の専門や興味を大切にしながら、ぜひ新しいものづくりに挑戦してほしいですね。今までにない技術をつくり、世の中に出していく。そのプロセスに関われることが、イメージセンサー開発の醍醐味です。
藤岡
私たちが丁寧に積み上げ、磨き続けてきた産業用途の技術は、今回のように宇宙観測やAIなど、さまざまな分野にも広がっていきます。当初は想定していなかった使われ方ですが、それだけ高く評価をいただけていることを実感しています。 技術の可能性は、開発している時点ではなかなか見えません。だからこそ、自分たちが取り組んできたことが思いもよらない形で、社会や研究の現場に役立っていることを知ると、大きな喜びを感じます。 また、ソニーは若手でも自由に意見を言い、挑戦できる文化があり、「自由闊達」という言葉が、本当に当てはまる会社です。たとえ経験がなくても、自分のアイデアや技術で新しい価値を生み出したいという想いのある方々が挑戦できる環境だと思います。