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イメージセンサー

デジタル一眼カメラの究極の形をめざして。新たな価値創造の秘訣は挑戦し続ける姿勢

2022.12.12

旅行で、趣味で、デジタル一眼カメラは多くの人が気軽に楽しめるものとして定着しています。一方、プロフェッショナルユースではフィルムの一眼カメラ以上の機能が求められるようになり、さらなる高解像度・高速性が求められています。ソニーのフルサイズミラーレス一眼カメラα™(Alpha™)のフラッグシップモデルである『α1)』は、圧倒的な解像度と高速性で多くのプロカメラマンから評価を得ていますが、この『α1』には、これまでとは全く異なる新しい技術が搭載されているのはご存じでしょうか。『α1』用に新開発された裏面照射構造の積層型CMOSイメージセンサーは有効約5,010万画素14bit250fpsを実現するとともに、シャッターを切るたびに起きるEVF(Electronic View Finder)のブラックアウト(暗くなって見えなくなる状態)も解消。特に早く動く被写体の場合、このブラックアウトの瞬間にフレームの中心から外れてしまうことが起こりうるため、プロのカメラマンは、片目はファインダー、もう片目は肉眼で被写体を追い続けるのが常識の撮影スタイルとなっています。シャッターを切ってもEVFが暗くなる瞬間がないブラックアウトフリーが実現されることで、ファインダー越しのみで、フレーム内の構図を意識しながら被写体を追いかけることができるようになります。この撮影スタイルすら変革する新技術を開発したのはソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、SSS)でイメージセンサーの研究・開発を担当する岡田千丈。今回は、岡田に新技術に取り組む際の心得を聞きました。

岡田 千丈(Okada Chihiro)

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第一研究部門

プロフィール:2006年ソニー株式会社入社後、デジタルスチルカメラの開発に従事。
主に画質周りの仕様検討、信号処理開発を担当。2011年から現ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社に異動してイメージセンサーのアナログ回路設計を担当。2015年から後にα1に搭載されるΔΣADC開発に従事し、途中から設計リーダーとしてシステム設計を担当。2019年から研究開発部門に異動して次世代の測距センサー開発を担当し現在に至る。

「ただ高速になっただけのイメージセンサーって本当に必要なのか」本当に価値のあるものを創り出したい

デジタルカメラは、撮影用とEVF用の2つの撮像を1つのイメージセンサーで処理するのが一般的な構造です。被写体を追っているとき、CMOSイメージセンサーはEVFに映像を読み出し続けており、シャッターを切った瞬間に静止画用の駆動モードに切り替わります。EVF用の映像と静止画用の画像では必要とされる解像度が全く異なるため、CMOSイメージセンサーの動作の切り替えが発生します。このタイミングで起こるのがブラックアウトで、構造上、発生が避けられない現象でした。また、過去のデジタルカメラではEVF用の映像は60fpsのフレームレートで動かしていたため、プロのカメラマンからは「映像がカクついて見える」という指摘もありました。そこで、『α1』では全く新しいアーキテクチャを採用。滑らかなEVF映像とブラックアウトフリーを実現しました。

ブラックアウトフリー撮影 拡大 拡大アイコン

では、これまでのデジタル一眼カメラはブラックアウトフリーを実現できないかというと、そういうわけではありません。従来の構造の場合、この切り替えのタイミングを極力減らすために、EVFを2つのモードで駆動することで実現できます。読み出しスピードの異なる映像を2つ用意し、ブラックアウトの瞬間に遅い読み出しスピードの映像に切り替えることでブラックアウトの間の映像を補完させるのです。しかしこの場合、2つのEVF映像の読み出しスピードにはズレがあり、このズレを極力短くするためには、読み出しが早い方の映像を常時2倍速で動かす必要がありました。(たとえば、EVFの映像を60fpsで表示する場合、120fpsで映像を撮影する必要がある)スピードが異なる動作を組み合わせると、その境目のフレームで辻褄が合わず無効フレームとなり、速度が1/2になってしまうからです。2倍の速度で駆動させるので、当然、消費電力も2倍。外に持ち歩くことを前提としているデジタル一眼カメラとしては、利便性に関わる大きな問題です。しかもα1ではさらなる撮影体験の向上のために、120fpsのEVF映像が求められました。これは240fpsで映像を駆動させることを意味します。120fpsの高速フレームレートでEVF用の画像を読み出しつつ、消費電力は大きくならない仕組みは喫緊の課題。この課題解決に岡田が抜擢されたのです。

EVFの読み出しスピードを120fpsにする方法自体は簡単でした。これまで使っていたシングルスロープADC(デジタル・アナログ変換回路)に代わって、ΔΣ(デルタシグマ)ADCを採用することで、高速の読み出しスピードを維持できることはすでにわかっていたのです。当然、開発の必須要件としてもΔΣADCの採用は上がっていました。しかし、「ただ高速になっただけのイメージセンサーって本当に必要なのか」と岡田は考えました。ΔΣADCを採用することで、高速の読み出しスピードは実現できますが、その一方で開発費がかかり、チップ単価は高騰してしまいます。岡田は高速読み出しができるだけのイメージセンサーに、顧客が満足してくれるとは思えなかったのです。先に述べたように、従来のやり方で倍速の240fpsでEVF映像を駆動させて「電力2倍で高速、ブラックアウトフリーを実現したといっても魅力的ではないし、プロジェクトとして成り立たない」と考えていたのです。

デジタル一眼カメラの究極の形
動画と静止画の融合へ

今回のプロジェクトは、顧客から見ると単に高速で高効率なCMOSイメージセンサー開発にとどまってしまう可能性があったため、本センサーのアーキテクチャでしか実現できない顧客価値に直結する仕様を考案する必要を感じており、「120fpsの高速フレームレートでブラックアウトフリーも実現して、イメージセンサーとして新しい価値を提供したい」と思っていました。ΔΣADCは2つの異なる駆動モードでも読み出し速度が大きく変わらない特性を持っており、その特性をうまく利用すれば、消費電力はそのままで、120fpsのEVFのブラックアウトフリーが実現できると考えたのです。「2つの駆動モードの読み出し速度を揃えるという考え方は2006年くらいにありました。しかし、その時は遅い方の駆動モードに合わせるという考え方。今回は早い方に合わせるという点で異なるのですが、何かヒントがないかと当時の論文などをかなり調べました」と岡田。1カ月悩みぬいた挙げ句、新しい画素へのアプローチをする設計を発案。従来は揃えることができなかった2つの駆動モードの読み出し速度を速い方で揃えることを実現しました。その結果、消費電力を増加させることなく120fpsの高速フレームレートでのブラックアウトフリーに成功したのです。とはいえ、これを実現するためにはCMOSイメージセンサーにとどまらないカメラ本体側にも複雑な制御が必要でした。今回開発した新規アーキテクチャは、高精細、高速読み出しで消費電力は従来と変わらないという顧客価値に直結するものではありましたが、カメラ本体側にも複雑な制御が必要になります。顧客は本体側の制御を想定しているわけではないため、いきなりサンプルを持っていくと「そんなのできない」と突っぱねられてしまう可能性があったのです。そこで岡田は、αの製品開発チームに仕様のすり合わせを幾度となく実施。どこまでなら本体側の制御で協力を仰げるか、仕様の事前すり合わせは、新規アーキテクチャ採用の生命線ともいえる駆け引きでした。

30 fps

250fps

こうして岡田と開発チームがつくりあげた新規アーキテクチャは新たな顧客価値を創造し、αの製品開発チームに「これでやっと動画と静止画の融合ができる」とまでいわしめました。動画と静止画の融合とは、撮影中の動画のどの1画像を切り取っても静止画としてそん色ない画像として扱えるという、デジタル一眼カメラが目指す究極の形。今回の『α1』は究極の形とはいわないものの、高速フレームレートの動画読み出しと静止画の切り替えがシームレスにできるという点で、まさに一歩近づいたといえる功績なのです。

α1

素粒子宇宙物理学の研究から
イメージセンサーへの転向

学生時代は、父親が理系の教員をしていた影響もあり、自然と理系に進むことを考えていたという岡田。興味を持った物事にはとことんのめりこむ性格のおかげか、大学の研究室に入ると、進んで本や論文を読むようになったといいます。新規アーキテクチャの構想に1か月間一人で考えたというエピソードからも、物事に集中し、考えて考え抜くという探求心・忍耐力に優れていることが垣間見えます。一人で考える時間をとても大切にしており、過去の資料や論文、さらには大学や製品開発チームの市場のデータなど、あらゆる情報をインプットしたあと、各情報をパズルを解くようにピースを一つひとつつなぎ合わせ、真に価値のあるものとしてアウトプットすることに研究・開発の楽しさと意義を見出しているのです。

半導体に興味を持ったきっかけは、意外にも大学の研究室に入ったあと。大学では素粒子宇宙物理学を研究しており、畑違いの分野から転向した異色の経歴かと思ったら「天文とか宇宙と聞くと、皆さん一晩中望遠鏡を眺めていると思われがちなのですが、実際にはそんなことなくて、大きな望遠鏡に冷却カメラを装着して一晩中自動撮影し、あとから撮影映像を使って研究するんです。そして、この撮影装置も学生のわれわれがつくるわけで、この過程でイメージセンサーに関わります。研究のために、より良い映像を撮ろうと創意工夫を重ねていくのですが、やればやるほど『イメージセンサーって面白いな』ってなってきて。そういう人は結構多くて、SSS内にも何人もいます」とのこと。確かに「光をとらえる」というイメージセンサー本来の特性を考えれば、宇宙と半導体はとても近しい関係といえます。

新しいものを知りたい
新しいことをやりたい

「常に学ぶ姿勢をもつことと、挑戦すること」これが岡田の働く姿勢であり、モチベーション。新しいものを知り、新しいことをやることで、自分の成長を感じ、仕事に喜びを感じるといいます。初の配属先はソニー株式会社のカメラの製品企画を担当する部署。ここで培った知識と人脈が後々の新アーキテクチャ開発に大いに役立ってくるのですが、当時はイメージセンサーの開発側の人たちと関わり合う中で、「もう少し学術的なことがしたい、研究開発に携わってみたい」という想いが強くなり、入社3年目にSSSのイメージセンサー開発部隊への異動を願い出ました。自分で望んだこととはいえ、これまでと異なる技術分野になることから異動直後は全くついていけず、非常に苦労したといいます。しかし、岡田は持ち前のチャレンジ精神と集中力で、この苦労を苦労と感じることもなく、開発チームの一員としての実力を蓄えていきました。この性格は、いま所属している研究部門にピッタリとはまっており、「ありがたいことに、常に挑戦できる環境をいただいています」と、水を得た魚のように伸び伸びと革新的な研究に勤しんでいます。

「今回は要件ありきでスタートした開発でしたが、研究職の身としては、自分でテーマを探して研究することにも力を入れていきたい」と岡田。市場や顧客のニーズの掘り起こしを起点とした提案型のイメージセンサー開発を通して、ユーザーに新しい体験や価値を提供してきたいと考えており、いまだ顕在化していないニーズを見つけるために、論文や雑誌のみならず、大学の研究室へも通いながら情報収集を行っています。こうした岡田の常に学ぶ姿勢、挑戦し続ける姿勢こそが、新しい価値が生まれる源泉になるのだと感じました。