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人材育成

世界初、イメージセンサーへのAIエンジン搭載を実現!世にないものを生み出す原動力とは

2022.10.11

AI技術が確立されたことにより、私たち身の回りには、さまざまなシーンでAIが活用されるようになっています。しかし、2016年頃は、画像認識AIを活用したアプリケーション開発はベンチャー企業をはじめ、多くの人のイメージの中にはありましたが、商品化には大きな壁がありました。それは、AI処理をどこで実行させるかという問題。多くの人はクラウド上に置くことを考えましたが、クラウド上にすべての撮影画像を上げてAI処理をすることは、データ量、消費電力量の観点から現実的ではなかったのです。
そこで、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)の浴良仁が考えたのが、イメージセンサー自体にAIエンジンを組み込むことでした。2021年ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)*1でAIを最も効率的に処理するエンジン(小さい、早い、省電力)として発表し、世界初AI処理機能を搭載したインテリジェントビジョンセンサーIMX500を製品化した浴に、本センサーの開発秘話や世の中にないものを創り出す秘訣を伺いました。

*1) 半導体業界の最先端技術が披露される国際学会

浴 良仁

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
システムソリューション事業部

プロフィール:2008年広島大学大学院を卒業し、ソニー株式会社半導体事業本部(現在のSSS)へ入社。
入社以来CMOSイメージセンサーの開発に従事。特にモバイル向けCMOSイメージセンサーにおいて裏面照射型、積層型CMOSイメージセンサーの商品化に従事した後、2016年よりインテリジェントビジョンセンサーの商品企画、商品化、ビジネス開拓に従事。国際学会ISSCC2021で論文が採択され、Sony Outstanding Engineer2020に選出される。現在はSSSのEdge AI Platform “AITRIOS™”におけるAI Modelの開発やAI学習環境の構築及び次世代インテリジェントビジョンセンサーの企画に従事。

研修先のアメリカで感じた、AIと画像認識の組み合わせの大きな可能性

インテリジェントビジョンセンサーとは、積層型CMOSイメージセンサーの論理回路部にAIエンジンを組み込み、撮った画像をすぐにAIが画像処理を行うことで、クラウド上に必要な情報だけを蓄積させていくイメージセンサーのことを指します。
なぜ必要な情報だけを蓄積させていくセンサーが必要なのか。それは、今、DX化が求められている中で、この「DX」という現場のアナログな作業を、いかにデジタル技術を活用して効率化できるかが重要視されているためです。イメージセンサーでいえば、撮った画をどのように処理すれば効率的な情報にできるかがポイントとなります。撮った画をそのまま送るだけでは、その画の確認などのアナログな作業が生じてしまいますが、撮った画をAIによって「ここに人がいる」「ここに空きスペースがある」といったことを認識させ、「人が何人通ったか」「空きスペースがいくつあるか」といった欲しい情報だけを送ることで、受け取る側はその情報をすぐに活用できるのです。また、欲しい情報だけにして送ることで、データの軽量化、消費電力量の省力化、転送スピードの高速化、そして不要な画像を残さないことによるプライバシー配慮といったメリットもあります。すでにイタリアのローマ市では、駐車場モニタリングで駐車スペースの空き状況を把握し、空車情報を知らせるといった実証実験*2がなされています。他にも、部屋にいる人の有無を把握し、人がいない時は自動的に空調を止めるといった使い方も検討されています。

*2) 関連リンク:インテリジェントビジョンセンサーIMX500を使用したイタリア、ローマ市のスマートシティトライアルプロジェクトの動画を公開しました

浴がインテリジェントビジョンセンサーの開発を始めたのは2016年の夏頃。ちょうど「画像認識のAIが人間の眼を超えた」と盛り上がっていた時期で、2016年の春から3カ月間のアメリカの販売会社研修に参加したことがきっかけとなりました。それまでイメージセンサーの開発に関わっていた浴は、次のステップとしてお客さまの声を聞き、もっとお客さまの要望に沿った製品を開発したいと考え、研修に参加していました。アメリカでは、大小さまざまな企業がコンベンションや展示会を行っており、その中にはAIを活用した画像処理の技術展示も多くありました。こうした展示に触れ、SSSのアメリカのお客さまとコミュニケーションを重ねることで、浴は画像認識とAIの組み合わせの可能性を感じたといいます。しかし、展示されていた技術はどれも高価なGPU上でAI処理を行うものばかりで、商品化すると1台何十万円という価格になってしまう上に、消費電力やデータ量の大きさもネックでした。こうした課題を感じながらさまざまな人たちと話をしていく中で、「AIをセンサーの中に入れてしまえば、小型化しコストも下げられ、売れる製品になるのではないか」という考えが出てきました。

進化の真っただ中のAI、数年先の製品化をイメージしながら開発

SSSのイメージセンサーの強みは、可視光のみならず、見えない光や距離、動きもとらえることができる点。この部分で勝負すれば世界のテクノロジーカンパニーにも対抗できるのではと、AIと画像認識に大きな可能性を感じた浴は、一人でプロジェクトを起こし、アメリカで得たお客さまの声を手がかりに企画が得意な人にプロダクトイメージづくりを協力してもらいながら、小さなチームから開発をスタート。開発するにあたっては「人やモノを認識するのがAIの得意な機能なので、この機能を生かした使い方を提供できれば良い製品になる」と考え、低消費電力、小型、高速処理を徹底的に追求した製品開発に取り掛かかりました。
開発には大きく2つの壁がありました。その一つがAIエンジンの開発。既存のエンジンを試したところ、想定していたスペックに全く届かず、いきなり実現の目途が立たなくなってしまったのです。それでも浴は諦めず、社内外を問わずAIエンジンに関する情報収集に奔走しました。すると、浴の元には情報が集まってきたといいます。SSSでは新しい取り組みをしている人に対して、周りが協力的になるという社風があります。AIエンジンで困っていると相談して回っていると、その解決策を知っていそうな人を自然と紹介してもらえるのです。そうしてようやく出会ったのが Sony Semiconductor Israel(SSI)のチーム。実は、SSIのメンバーもAIのプロジェクトを起こそうと考えていたタイミングで、まさにタイミング良く両者は出会ったのです。

もう一つの壁は、製品が提供する価値をイメージすること。AI技術が日々進化している中で、製品化される数年後を見越しながら、「この製品はこんな構造で」「電気信号はこうなり」「得られるメリットはこうなる」といった製品像を作りあげることは非常に難しい作業でした。浴はアメリカで知り合った企業と話した今後のビジョンをベースに、まずはセンサーにあるべきスペックを設定しつつ、AIが予想以上のスピードで進化をしたケースも想定しながら製品開発を行いました。

挫折を乗り越え、「やりきる」精神で開発を成し遂げた

学生時代の浴はハンドボールに熱中し、中学の時は県選抜に選ばれるほどの実力。高校でも県のベスト4に入りました。大学では一転して、「スノーボードをやりたい」という理由からゲレンデのアルバイトをするなど、やりたいことに対しては積極的な性格の浴。この積極的な性格は苦手の克服方法にも表れており、英語に苦手意識のあった浴は、アメリカ販社研修期間中の休日に一人でゴルフ場に行くように心がけたそうです。「現地の人と話すのが一番の勉強になります」と、ゴルフ場でパーティを組んだ人と英語で話さなければならない状況をつくることで、生きた英語を習得していったのです。
持ち前の積極性で着実にキャリアを歩んでいる浴ですが、インテリジェントビジョンセンサーの開発においては大きな挫折を経験しています。その挫折とは、最初のお客さまを量産直前で失ってしまったこと。実は、最初のお客さまの要件は、他の技術革新が進むとインテリジェントビジョンセンサーでなくとも実現可能なものでした。浴は、一抹の不安を抱えつつプロジェクトを進めていたのですが、その不安が現実のものとなってしまったのです。このお客さまへの納品をめざして開発を進めていたために、「ここでインテリジェントビジョンセンサーの開発は終わる」とまで考えたそうです。ひどく落ち込んでいた浴に、もう一度立ち上がる力をくれたのは現在の上司でした。「せっかく開発したのだから最後までやり遂げないといけない」「なぜ売れなかったのか、なぜ売れたのかをちゃんと理解して、次につなげないとこの開発は自己満足で終わってしまう」と声をかけてくれたのです。このアドバイスによって「なんとしてもやり遂げよう」という気持ちが浴の中に生まれ、インテリジェントビジョンセンサーの誕生につながったのです。この反省を生かし、浴は「どのような技術にすれば、お客さまが使ってくれるのか」を考えるようになりました。

合言葉は「誰でも使える」、困ったときは「人と話す」

入社当時から、世界一の商品、世界初の技術に携わっていきたいと考えていた浴は、幸運にも、世界初のモバイル用裏面照射型CMOSイメージセンサーと積層型CMOSイメージセンサーの開発に従事。これらの開発を通して、量産化までのさまざまな業務を経験することができ、イメージセンサーに対する知見を深めていきました。こうした経験を通じて得た知見によって、アメリカでの研修の際はお客さまからの信頼を獲て、各企業が考えている今後の事業の方向性を聞き出し、インテリジェントビジョンセンサーのプロジェクト化へとつながりました。このように、新しいことに積極的に行動し、人とのつながりを生かす姿勢は浴の特長の一つといえます。浴は、今までの商品開発やインテリジェントビジョンセンサーの開発を通して知り合ったさまざまな部署やグループ内の人との情報交換をしています。各分野の開発チームが考えている最新の情報を知ることは、今後の製品開発の方向性を探る上でも非常に重要です。さらに浴はお客さまの声を開発チームに届けることで、いま開発されている技術がどのようなソリューションとして提供できるのかを探っているのです。インテリジェントビジョンセンサーは画像を認識するセンサーですが、お客さまが本来実現したいことは「従業員の負荷を軽減したい」などの、画像認識の延長線上にある「状態」にあります。最終的なサービスとしてお客さまの元に届けるためには、そのギャップを埋めることが必要で、「人をカウントすることでこうした情報を従業員に提供でき、負荷を軽減できます」といった、誰にでも分かるソリューションとして用意してあげる必要があるのです。「DXをやりたくて困っている人は、デジタルをどのように使えばよいか分からないことが一番の悩みだと思います。今後DXを進めていくためには、たとえば、ボタンを押せばすぐに使えるといったように、そのギャップを埋めるデバイスを開発していく必要がある」と語る浴。「誰でも使える」を合言葉に、DX環境を構築しやすいデバイスやサービスを用意し、インテリジェントビジョンセンサーでないと実現できないソリューションの提供をめざしています。

仕事をしている上で大切にしていることを聞くと、「自分の携わった商品が世の中の人に使われ喜ばれている姿を見ること」と、「その商品を作ったと自分で言えること」との答えが。これは入社当時から変わらない思いで、そのために「自分のやりたいことをやらせていただいている」という意識の元、「何としてでもやり遂げる」、「世の中に貢献して足跡を残す」という強い思いをもって仕事に臨んでいるといいます。また、部下には裁量を持たせて、決めた目標に向けて自分なりに筋道を考えるように指導。「どう進めてよいか分からない時は相談に乗るが、自分では答えられない領域は知っている人を紹介して、社内のネットワークを使い、外の人の知識もうまく活用しながら考えられるようなってもらいたい」と考えているそうで、まさに浴が、インテリジェントビジョンセンサーの開発時に経験した「社内の人に助けてもらう」、「なぜだめなのか、どうやったらうまくいくのかを考える」を自分のチーム内にも浸透させていました。まだまだ若いチームですが、ここにも着実に世界初を生み出すSSSの文化が根付いています。

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