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人材育成

積層型CMOSイメージセンサーの生みの親が語る、世紀の発明を支えた論理的思考

2022.09.21

いまやスマートフォンを始め、デジタル一眼カメラやセキュリティ用カメラ、車載用カメラなど、身の回りの多くの製品に搭載されている積層型CMOSイメージセンサー。カメラのオートフォーカス機能や顔認証、車載用カメラにおける標識の認識など、画像を認識するだけでなく、撮像した画を私たちにとって役に立つ形でアウトプットしてくれる点で大きな付加価値があり、いまでは90%以上のソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)製イメージセンサーは積層型です。この積層型多機能CMOSイメージセンサー最大の特長は、光をとらえ電気信号に変える画素部と電気信号をデジタル情報に変換して情報処理する論理回路部が2層に分かれていること。この2層構造こそが、画期的であり、性能を上げながらコストを下げるという夢のような製品を生み出せた最大の発明といえます。

それまでのCMOSイメージセンサー開発とは全く異なるアプローチで生み出し、公益社団法人発明協会主催の平成28年度 全国発明表彰において、「内閣総理大臣賞」を受賞。平成30年度には科学技術分野の文部科学大臣表彰において「科学技術賞(開発部門)」を受賞。さらに令和2年には春の褒章にて「紫綬褒章」を授与された梅林に、開発時の苦労と開発者として大切にしている仕事の哲学を聞きました。

梅林 拓

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第1研究部門

プロフィール:1989年ソニー株式会社入社。メモリーの開発に従事し、Discmanの音飛び防止メモリー、PS2のグラフィックシンセサイザーの商品化を担当。2002年より米国に赴任しPS3向けのセルチップの開発に参画。2005年に帰任して長崎でPS3向けのグラフィックチップを量産化。2008年、厚木に戻り積層型イメージセンサーの開発を始める。2013年からは3層積層イメージセンサーの開発に携わり、2016年からは積層型イメージセンサーに搭載可能な次世代のメモリー技術開発を担当し現在に至る。

画素設計の専門家ではないから生まれた
2層に分けるという新発想

デジタルカメラをはじめとするカメラを搭載している多くの製品には、光をデジタル信号に変えるイメージセンサーという半導体素子が使用されています。このイメージセンサーには、光を電気信号に変換する「画素部」と電気信号をデジタル情報にして情報処理する「論理回路部」があります。従来は「画素部」と「論理回路部」が同一チップ上にあり、それぞれを形成するプロセス工程では、お互いの特性に悪影響を及ぼさないように注意しながら製造プロセスを構築していく必要がありました。当時、SSSで開発の中心となっていたのは、裏面照射型CMOSイメージセンサー。シリコン基板を反転させた面(裏面側)から光を照射させることで、「画素部」の受光面積を上げ、暗いところも明るく撮影することができる画期的なイメージセンサーです。これこそが、SSSのCMOSイメージセンサーを業界シェアNo.1に押し上げるキッカケとなった商品です。SSSは裏面照射型CMOSイメージセンサーに全力で取り組んでいたのですが、そんな折、「裏面照射型をモバイルに搭載したいから安くしてほしい」という課題が生じたことから、梅林の積層型CMOSイメージセンサーの開発が始まりました。

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課題を受けてから1カ月半、論文や情報収集を行う中で梅林は「それぞれのプロセス形成時に悪影響を出さないようにするためには、別々にしてしまえばよいのではないか」という考えに行き着きました。「2層に分けるというのは『画素部』と『論理回路部』の製造上の無駄や不整合を省くこと徹底的に考え抜いた結果です。イメージセンサーにとって『画素部』は最も大事なものですが、論理回路のデバイスが専門だった私にとっては、『論理回路部』に悪影響を与える『画素部』は邪魔と言えるような存在だったのです。だから、2つに分けてしまえばプロセス形成して、その後に貼り合わせることで、どちらの特性も生かせて、うまくいくと考えたのです。画素部と回路部を重ねてしまえば、チップ面積を小さくできるから、1枚のウェーハからとれる製品数が増えて、課題とされた「安さ」も実現できるはず」と梅林は当時を振り返ります。まさに、論理回路の専門家だからこそのアプローチ。このコンセプトはすぐに認められ、小さなプロジェクトチームが発足しました。しかし、ここで最初の挫折が訪れます。最初の原理テストではうまくいかず、失敗の解析すらできずにお蔵入りしてしまったのです。いままでにない新しい構造であったため、なかなか周囲の理解と協力が得られず、できることには限界があったそうです。幸運にも、最初の失敗でプロジェクトは潰れることなく、開発は続きました。

開発の中で最も苦労したのは「画素部」と「論理回路部」のウェーハの貼り合わせでした。積層型の要は「論理回路部」が形成されているパターン付きウェーハを極限まで平坦に削り、「画素部」のウェーハと空気が入らないように貼り合わせるところにあります。「画素部」のウェーハと「論理回路部」のウェーハは電気的に接続するため、わずかなズレも許されず、非常に高度な技術が求められたのです。例えるならば、直径120mの野球場同士を1㎜のズレも許さずにくっつけるような難易度。その難しさは、アイデアの着想から成功サンプルの製造まで、なんと2年弱という期間があらわしています。こうした、長いトンネルを抜けて、積層型CMOSイメージセンサーは誕生したのです。「いまでは当たり前のように他社でも使われる技術となりましたが、私たちが製品をリリースしてしばらくは他社から発売されることはありませんでした」ということからも、その貼り合わせ技術の難しさ、開発チームの苦労が容易に想像できます。

奇跡のような開発ストーリー
多くの人の期待と支えで量産へ

積層型CMOSイメージセンサーにはもう一つ難題が残っていました。それは、「画素部」と「論理回路部」を分けたことで、「論理回路部」にいろいろな技術を詰め込むことができるようになったのですが、量産化直前まで、この製品を採用する顧客が決まっていなかったことです。2011年に熊本と長崎で量産を立ち上げつつあったのですが、「この積層型どうする?商品として誰も採用してくれないんじゃ作っても意味ないよね。開発をストップしようか」という話まで上がりました。そんなときに経理の方から「これまでの研究コストはどうでもいい。これから量産にかかるコストを回収できるのであれば価値があると思いますよ」というアドバイスのおかげで、量産にこぎつけることができたといいます。最終的には「Xperia Z」への採用が決まり、その後のXperiaにも継続採用が決まったことで、積層型が広く認知され、爆発的ヒットへのキッカケとなりました。

数々の困難がありつつも、プロジェクトが潰されずに量産までこぎつけた理由として、「みんなこの技術自体には期待していたと思うのです。最初の試作で失敗したときに、本来ならプロジェクトが終わるか、私が外されるのですが、プロジェクトも私も継続できました。プロセスチームは諦めずにチャレンジし続けてくれました。後から聞いた話ですが、予算の確保、量産ラインの立ち上げなど、上司が裏でいろいろ立ちまわってくれていました」と多くの人に支えられていた開発。「2009年の年末は本当にどん底で、2010年の年明けにできた試作品でようやく画が写ったときは本当にうれしかったですね」と梅林は顔をほころばせます。この成功で、熊本での試作検証につなげることができ、社内の潮目が一気に変わりました。これまで小さなチームでこっそり進めていた研究は、どこに行っても注目される存在に変わったのです。

論理的に考えて、行動、方針を決める

世紀の発明をする発想力はどこから来るのでしょうか。学生時代の梅林はとにかく数学が好きだったといいます。「新学期に教科書をもらうと、一人で勝手に解き進めてしまっていました。そうすると、2学期にはやることがなくなるので、先生に相談して次の学年のものをやっていました」というほどの数学好き。小さい時から父親と一緒に問題を解いており「数学はパズルとかクイズの感覚でした。勉強をやっている感覚はなくて、遊びの延長」といいます。数学で鍛えられた論理的思考が、無駄を省いた積層構造の発想につながったのかもしれません。仕事をする上で大切にしていることは、「論理的に考えて、行動、方針を決めること」で「なぜそのような結果になったのか、原理・原因・根拠を把握する」という仕事への姿勢はまさに開発者に求められるもの。「曖昧な推測をせず、嘘をつかず、一方で技術的に将来できそうなことに対してはハッタリをかますのも大事。でないと将来の芽が日の目を見ることなく摘まれてしまうかもしれない」と、技術に対して正直に向き合うことこそが、2年弱もの長いトンネルに耐え、成功をつかみ取る大切な姿勢なのだと思います。その一方で、行き詰った時は、考えすぎてしまい頭から離れなくなるため、ごく少数の人と議論をするといいます。少人数で議論すると、思わぬ指摘をもらえ、考えがまとまることが多いとのこと。また、学生時代からずっと苦手だったのが英語。ソニー入社後は学会など英語を使う機会が増えていましたが、思うように上達せず悩んでいました。そこで梅林が取った行動は、アメリカ赴任。当時の海外赴任に必要なTOEICの点数もとれていない状態で手を挙げたのです。「新しいことにチャレンジしてみたい」という気持ちと、「逃げられない環境に身を置けば嫌でも英語が話せるようになる」と考えたのです。「論理的に考え、行動する」仕事に対する姿勢は、こんなところにもあらわれたのでした。「実際にアメリカに行ってみると、いい意味でいい加減で、半導体のつくり方も全く日本とは違いました」と、海外赴任経験は、より柔軟な思考を養うのに役立ったそうです。

物事の結果を見るのではなく
その結果が出た理由を考える

梅林が研究・開発職をめざし始めたのは大学の研究室に入ってから。その当時は、考えるよりも実験をしている方が好きで、仲間と一緒に夜遅くまで実験をしているうちに「研究は面白い」と思うようになり、進路を決めました。とはいえ、大学と企業の開発職は全くの別物で、大学では「原理」とか「物理的な解釈」を重要視しますが、企業に入ると、製品をどう使いこなすか、どう役に立つか、実用化するためにはどうするべきかという視点になります。また、「入社一年目の私が研究・測定をしても先輩が細かくチェックしないんです。先輩は、その結果の信ぴょう性を細かく見るのではなく、この結果はどういう意味があるのか、これはなぜこういう結果になったのかを考えることが大切なのだと教えてくれた」と、ソニーの自由な社風も仕事の仕方に影響を与えているといいます。ソニーには昔から「いいと思ったら上司に黙ってこっそりやれ。ダメなら潰せばいい。うまくいったら言えばいい」という格言がありますが、割と新しいことにチャレンジしやすい環境があるからこそ、梅林は開発を最後までやり遂げ、積層型CMOSイメージセンサーは生まれたのです。

「自分が携わったものが商品になって、多くの人に使ってもらえるのはこの仕事の醍醐味だと思います。今後も世界初の製品を実用化して、世の中の多くの人に『実はこれが欲しかったんだよね』といってもらいたい」と言う、今後の梅林の活躍にも期待したい。

平成28年度 全国発明表彰「内閣総理大臣賞」の盾と令和2年 「紫綬褒章」