INDUSTRIAL

イメージセンサー

動く被写体をブレや色付きなく撮影するダイナミックレンジ拡大を実現したセキュリティカメラ用イメージセンサーが、セキュリティカメラの常識を大きく変える

2022.01.28

空間をモニタリングするセキュリティカメラ用イメージセンサー。その重要性は日に日に増していく一方、求められる特性はとても高度になっています。暗い場所での認識を可能にするために低照度性、エントランスなど逆光下でも顔を認識できるハイダイナミックレンジ、動いている被写体をブレや色付きなどを起こさず正確に撮影する特性など、すべての要件を満たすためには、既存のセンサーの改善では不可能なレベルでした。そこで開発されたのがSTARVIS 2。イメージセンサーの構造を一から設計し直すことで、唯一無二の特性の実現を可能にしました。開発チームに話を伺うと、この圧倒的な特性は、コロナ禍という開発環境としては決して良い状況ではなかったにもかかわらず、全く新しい技術の開発と製品化という2つを同時に進める難しいプロジェクトでした。この困難なプロジェクトを成功させたカギは大きく2つ。ソニーセミコンダクタソリューションズ(以降、当グループ)にしかないノウハウとチーム力にありました。

清水 陽介

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
イメージングシステム事業部

岩淵 信

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第一研究部門

河村 智彦

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第一研究部門

白浜 旭

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
センサー商品設計部門

※2021年10月インタビュー時の情報です。

お客さまに「Impressive!」と言わしめた圧倒的な低照度特性を兼ね備えたSTARVIS

―― 従来のセキュリティカメラが抱えていた課題とはどんなことだったのでしょうか

清水:従来のセキュリティカメラは、低照度時の画質性能に課題がありました。周りが暗く、光量が足りない時には感度を上げる必要があるのですが、感度を上げようとすると画素のサイズを大きくする必要があります。しかし、画素サイズを大きくすると、イメージセンサー自体も大きくなり単価が高くなってしまいますし、レンズも大きくなるので、必然的にカメラ自体も大きくなってしまいます。
カメラが大きくなると設置場所の制限が出てしまいますので、小さいサイズのまま、高感度のセンサーを開発する必要がありました。
そこで、表面照射型構造だったイメージセンサーを、新たに開発された裏面照射型に変更することで、感度を上げたSTARVISを開発することができました。

―― STARVISの開発はスムーズに進んだのでしょうか

清水:これまでのパッケージは裏面照射型CMOSイメージセンサーを使おうとすると反射/フレアゴースト*¹が出るという課題がありました。裏面照射型は光を取り込みやすい一方で、余計な光が入り込むとそれが出てしまうのです。そこで試行錯誤を重ねながらイメージセンサーに余計な光が入り込まないデバイス構造を新たに開発し、反射/フレアゴーストの起こらないパッケージを作り上げました。

*1:強い光源にレンズを向けて撮影した場合に、写真が白っぽくなったり、光の輪や玉状のものが写ったりする現象。

―― 世界初*2のセキュリティカメラ用裏面照射型CMOSイメージセンサーを搭載した製品に対する市場の反応はどうだったのでしょうか

*2:2014年8月STARVIS発売、ソニー調べ。

清水:STARVIS導入のタイミングはフルHDの同画素数で表面照射型CMOSイメージセンサーの製品と裏面照射型CMOSイメージセンサーの製品がありました。同条件で2つを比べることができたので、お客さまには実際にこの差を見てもらいながら商談を行いました。この2つのイメージセンサーの性能差には大きな違いがあり、映像自体も誰が見ても明らかなほどの差がでたので、お客さまも「Impressive!」と驚かれましたし、非常に多くの方に評価いただきました。

新技術の確立と製品開発を同時に行うことで
世界初*3、唯一無二の特性を実現したSTARVIS 2

*3:2021年6月STARVIS 2発売、ソニー調べ。

―― STARVIS 2開発のキッカケはどんなことだったのでしょうか

清水:キッカケはお客さまのご要望です。STARVISになって低照度の感度が上がって画質性能は良くなったのですが、それとは別に、エントランスなど外が明るく逆光で顔が黒くなってしまうシチュエーションでも、正確に顔を認識できるようにダイナミックレンジを拡大してほしいという要望もありましたので、これを実現するためにSTARVIS 2の開発がスタートしました。

―― STARVIS 2の開発はどのように進めていったのでしょうか

白浜:STARVISの低照度性能は犠牲にすることなく、さらに広いダイナミックレンジを実現するということで、社内で開発を進めていたプロセス技術と回路技術が使えるのではないかとなりました。そのため、まずは、その2つの技術の確立に注力しました。
この2つの技術はまだ開発検討という状況で、技術的には確立されていませんでしたが、一方で製品化のスケジュールは決まっていましたので、技術確立と製品化を同時に進めなければならないという状況でした。

STARVIS 2搭載のイメージセンサー

IMX678
F=1.6, Exp=33.3ms, Gain=48dB

STARVIS搭載のイメージセンサー

IMX334
F=1.6, 33.3ms, Gain=57dB

STARVISの低照度性能を犠牲にすることなく、広いダイナミックを実現した

―― 通常の製品開発とは違う異例の進行となったわけですが、開発は順調に進んだのでしょうか

白浜:通常は技術が整ってから製品化へと進むのですが、今回は同時ですので、開発と検証を非常に短いサイクルで回していくことが求められました。そうして課題を一つひとつ潰して前に進めていくしか選択肢はなかったです。そんな状況ですから、最初の試作品は課題が山積で、とても製品化できない状態のものができ上がってきました。
しかし、製品化のスケジュールにゆとりがあるわけでもありませんし、簡単に延期できるものでもありませんから、いかに課題を意識しながらプロジェクト全体を進行できるかも重要でした。「もうダメかな」って思いながらも、課題を潰しつつスケジュールをにらみ、一歩一歩進めていきます。すると、徐々に「もうダメかな」って思うことよりも、「いけるかも」って思う方が多くなっていきました。今回のチームは初めて組むメンバーだったのですが、課題を解決していく能力だったり、厳しいスケジュールの中、うまくプロジェクトを進行させていく調整力だったり、「このチームは凄いかもしれない」と思うようになってきて、このチームでの作業が楽しくなってきました。プロジェクトを進めていく中で、チームへの信頼感が高まっていくというのは、今回のプロジェクトで一つの特徴的な経験でした。

―― 今回、コロナ禍での開発で、なかなか顔を見て進めるという機会も少なかったと思うのですが、やりにくさは感じていましたか

白浜:顔が見えないというのは、コミュニケーションを取る上で、ネックになると思います。私はプロジェクトを進める上で、印象をとても大事にしているのですが、今回のような相手の顔が見えない中で、トラブルや課題の話をする際に、伝え方という点には非常に気を遣いました。誰かを非難するのではなく、そのトラブルや課題に対して、どのように対応していくべきかという点に注力して話をしていくようにしています。誰かを非難して、「この人怖い人だ」って思われたら、聞きたい意見も聞こえなくなってしまうでしょうし。

―― STARVIS 2開発の際、どのようなところに苦労されたのでしょうか

河村:これまでの製品の良かったところはそのままに、課題だったところを改善するというのが開発のベースにあります。
今回はダイナミックレンジを拡大するという課題のために、フォトダイオードの飽和量を増やす必要がありました。そこで、フォトダイオードを従来のシリコンの表面に設置することをやめ、シリコン内の縦方向に電荷を蓄積する構造を開発しました。

また、同時にハイダイナミックレンジ機能*4という新しい技術も同時に導入しました。

*4: 明暗差(ダイナミックレンジ)が大きいシーンを捉えるための機能。より広い明るさの撮影が可能となり、明るさを自動調整することで白飛びや黒つぶれを抑えることができる

この2つの、まだ確立されていない新しい構造開発を製品化スケジュールの中で行わなければならなかったので、開発期間としてはとてもタイトな中での挑戦になりました。白浜さんが先にも話されましたが、最初の試作品は電荷転送不良が発生してしまい、課題だらけの状態でしたし、その課題すらちゃんと評価できない状態でした。

岩淵:この縦構造のフォトダイオードは、これまでイメージセンサーに適用したことがなく、量産化という点ではリスクの高い技術でした。とはいえ、広いダイナミックレンジを実現するためにはブレークスルーとなる技術がどうしても必要でしたし、厚木の開発ラインにも試作枠があったので、まずは試すところから初めて、開発のマイルストーンを刻んで原理検証からステップバイステップで進めていきました。今回の製品化スケジュールは、すべての技術開発がうまくいく前提で組まれていましたから、最初からうまくいかないことの連続の中で、どうやったら開発スケジュールをキープできるか、常に綱渡りをしている状況でした。

白浜:岩淵さんのスケジュールをつないでいく能力は本当に素晴らしかったですね。めちゃくちゃ助けられました。

―― これらの課題をどうやってクリアしていったのでしょうか

河村:これはもう、一つずつやっていくしかないんです。一度に全部をクリアすることなんてありません。今の状態を白浜さんや岩淵さんに包み隠さずに見せて課題を共有しつつ、社内のプロジェクトチーム以外の知見のある人たちに一つひとつ相談して回りました。

岩淵:ダイナミックレンジを拡大するためには、飽和信号を増やす一方で、ノイズを抑制する必要があります。
今回採用した新規の縦構造は飽和信号量を増やす画期的な構造ではありますが、その増やした信号を確実に伝送するため、プロセス条件を整えることに非常に苦労しました。
そして、もうひとつのノイズ抑制に関しては、構造もプロセスも一新するので、ノイズ要因となるダーク特性を悪化させてしまうことは十分に予測できていました。
飽和容量を増やしつつ、ノイズを抑えるという2つの課題を同時にクリアするために、
画素条件やレイアウト、加工プロセスの見直しなど、さまざまな対策をいくつも積み上げることで、お客さまの要求を満たす画質が得られる特性が達成できました。

これまでのセキュリティカメラ用イメージセンサーの範疇を越えて無限の可能性を秘めているSTARVIS 2

―― STARVIS 2で実現できるソリューションにはどのようなものがありますでしょうか

清水:これまでのSTARVISは低照度に強い特性を持っていました。そこに広いダイナミックレンジという特性が加わることで、一つは、エントランスなどに設置するセキュリティカメラでその特性が発揮されると思います。エントランスでは扉の向こう側に日の光があり、そこから人が入ってくるので、人の顔は逆光となり、従来のカメラなら顔が真っ黒になってしまったり、外が真っ白に白飛びしてしまったります。こうした明るさに大きな差がある状況下でもSTARVIS 2はハイダイナミックレンジがあるので、顔もきれいに撮れますし、明るい扉付近も白飛びすることなく撮影できます。
また、これまでのハイダイナミックレンジは短い露光時間と長い露光時間で撮影した複数の写真を重ね合わせていたので、人など被写体が動いていると、人物や顔などがブレてしまい、変な色付きがでてしまいます。
今回新しく設計したSTARVIS 2は、飽和容量を増やし、時間差ではなく明るさの感度であるゲイン差だけをつけて同じタイミングで撮影するClearHDRという機能を使うことで、ブレや色付きも解消することを可能にしました。
これによって、エントランスなどでの顔の認識率が格段に上がりました。

清水:夜間の撮影やトンネルの出入り口など、明るさが大きく変わるシーンでも正確に撮影できるので、ドライブレコーダーにも活用できそうですし、顔や物の認識率もあがったので、AIとの連携もしやすくなって、これまで以上に、いろいろなシーンで活用しやすくなると思います。

―― いまAIという話が出ましたが、STARVIS 2はAIとの連携を意識しては開発がスタートしたのでしょうか

清水:いまの時代のセキュリティカメラは、ほとんどがAIとつながっています。カメラ側にAIを搭載するものやクラウド上に映像を飛ばしてAIが解析するものなどさまざまですが、実際に映像を撮れるものはイメージセンサーしかないんです。AIがどんなに頑張って映像を解析しようとしても、このイメージセンサーが正確な映像を撮らないと始まりません。ですので、開発の最初からAIとの連携は意識して行われています。そして、このAIとの連携が進むことで、セキュリティカメラ用イメージセンサーの需要はますます大きくなっていくと思っています。

―― 今後のSTARVIS 2の可能性を教えてください

清水:ダイナミックレンジ拡大を実現したSTARVIS 2をベースに伸ばして、行き着く先としてはAuto Exposure Freeをめざせると思います。いまは、暗いところを撮影する際はフラッシュや照明を使用しますが、このフラッシュも必要とせず、シャッター時間の調整もいらない世界が来ると思っています。一番明るいところから、一番暗いところまでを全部自動で撮影することできるようになるのです。

河村:いまもドローンでの配達はありますが、現在の技術は特定の位置に届ける手法が多いと思います。ここに今回のイメージセンサーやAI、ToF方式距離画像センサーなどを組み合わせることで、夜間でも安全に配達できますし、指定された場所の本人の顔を確認して、確実に本人に配達することが可能になると思います。また、セキュリティに貢献するだけではなく、遭難者捜索などの人命救助などにも昼夜を問わず利用できるので、活用シーンが広がると思います。

岩淵:技術的な可能性の話になりますが、今回、シリコンの中の縦方向に飽和電荷量を蓄積するプロセス開発に伴い、蓄積した電荷を外に取り出しやすくするトランジスタも開発しました。これによって画素設計の自由度が格段に上がりますので、これまでにない斬新な画素構造を実現できる可能性が広がりました。今回の製品はまだまだ始まりで、これを機に今後、画期的なデバイス開発が進んでいくのではないかと思っています。

―― 今後、挑戦したいことを教えてください

清水:試作品を途中でお客さまに見せたりもするのですが、今回はお客さまからよくこのような状況下でつくれたと驚いていました。そのうえで、要件であった特性もコミットできたので非常に高評価をいただきました。今回の製品は、圧倒的な特性を実現できたと自負しております。
これまで導入いただいているアメリカ、ヨーロッパ、中国といった地域だけでなく、今後は東南アジアやアフリカにも販路を広げていき、本当の意味での世界中で使われるイメージセンサーにしていきたいです。

白浜:世界初の新しい技術の開発および商品化を実現することで、世界中の人々に感動を与えていきたいと思っています。また、今回の開発で味わったような、さまざまな課題に挑み、それを乗り越えていくという経験は、まさにエンジニアの喜びです。新しいことにチャレンジしやすく、またみんながチャレンジしたいという意欲を持てる自由闊達な会社にしていけるように微力ながら貢献できればと思っています。

河村:今回、新しい画素構造に変えたのですが、これはまだ始まりだと思っています。フォトダイオードを縦にすることで、これを深くするほどに飽和容量を増やすことができるという点に大きな可能性を秘めています。これからのセキュリティ分野では画像認識率向上が重要になると思うので、画素を微細化させながら、赤外感度やハイダイナミックレンジなどの画素特性を一層向上させて、今まで以上にイメージセンサーの活用シーンを増やしていければと思っています。

岩淵:ソニーの強みは、今回のSTARVIS 2のような他社が真似をできないプロセスを用いた、とびぬけた特性を持つイメージセンサーを先行開発できるところにあると思います。社内に新しいことへチャレンジさせてくれる環境がありますし、各分野のエンジニアも新しいチャレンジへの意欲に満ち溢れています。こうした環境の良さを生かして、引き続きソニーらしい、まだ世界にない画期的なイメージセンサー開発をしていきたいと思っています。

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