INDUSTRIAL

マイクロディスプレイ

カメラ用EVF(Electronic Viewfinder)として高評価を得ているOLEDマイクロディスプレイがさらなる高画質化・大画面化を実現し、
AR/VRなどウェアラブルデバイスの未来を切り開く

2022.01.21

ミラーレス一眼カメラのファインダー(EVF:Electronic Viewfinder)やヘッドマウントディスプレイ(HMD:Head Mounted Display)などに採用されているOLEDマイクロディスプレイ。初出荷から10周年を迎えた2021年、これまでにない解像度のOLEDマイクロディスプレイが開発されました。圧倒的な品質と高精細さを実現したディスプレイは、近未来を描く映画で出てくるようなAR(Augmented Reality拡張現実)やVR(Virtual Reality仮想現実)など、ウェアラブルデバイスへの活用を期待させてくれる製品です。
0.64型の小さなディスプレイに圧倒的な高画質を実現した背景には、極限に挑戦し続けたソニーセミコンダクタソリューションズグループ(以降、当グループ)開発メンバーの計り知れない努力とチームの結束の強さがありました。

田村 光康

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
ディスプレイデバイス事業部

近 千秋

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
ディスプレイデバイス事業部

田中 幸治

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第二研究部門

加藤 孝義

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第二研究部門

EVF搭載ミラーレス一眼カメラで高い地位を獲得しているOLEDマイクロディスプレイ

―― OLEDマイクロディスプレイとは、どのようなものなのでしょうか

田村:簡単に説明すると、シリコンのバックプレーン(基板)上に、画素回路や周辺回路を形成し、その上に有機EL材料の発光層を持たせたディスプレイで、ミラーレス一眼カメラのEVFやAR/VR等のアイウェア、HMD等が主な用途です。私たちの製品はその中でも小型で高精細であることが特徴で、0.2型から0.7型の製品を中心に開発しております。AR/VR等のアイウェア、HMD等のディスプレイとして、このOLEDマイクロディスプレイが有力視されており、今後ますます活躍の場が広がっていくといわれています。

近:PCやスマホといった一般的なディスプレイはバックプレーンにガラスを使っているのですが、私たちの製品はシリコンを使用しているのが特徴です。シリコンを使うことで非常に高精細なディスプレイを実現できています。

加藤:ソニーのOLEDマイクロディスプレイは初出荷から2021年で10周年となりました。ソニーはシリコンのバックプレーン技術と有機ELのフロントプレーン技術を持っていたので、それらの技術を融合させて超小型のディスプレイを開発したのがOLEDマイクロディスプレイの始まりです。

―― 液晶からOLEDマイクロディスプレイになることで、どのようなメリットがあるのでしょうか

加藤:液晶に必要なバックライトがいらなくなることが最大のメリットです。量販店に並んでいる液晶とOLEDのテレビの違いを見ていただくとわかると思いますが、自発光であるOLEDはバックライトの光漏れがないために引き締まった黒を表現できます。

―― 初出荷から10周年となったOLEDマイクロディスプレイですが、どのようなきっかけで開発されたのでしょうか

田村:開発のきっかけは社内カメラのEVF用でした。ミラーレス一眼カメラが登場すると、構造上、どうしても従来の光学ファインダーではなくEVFが必要になりました。そこで、「より高精細で良いものをつくろう」ということでOLEDマイクロディスプレイが開発されました。その後、ディスプレイサイズや解像度のラインナップを充実させつつ、外販のお客さまにも搭載いただけるようになりました。

極限まで磨き上げて実現した世界に類を見ないサイズ・高精細・視野角特性

―― 今回のOLEDマイクロディスプレイ開発の際にこだわった点を教えてください

加藤:開発初期のディスプレイはよく見ると画素が見えていたこともあり、超高精細とは言い切れない状態でした。また、視野角特性にも課題があり、少し視点がずれただけで色付きがでてしまっていました。開発としては、高精細化のために狭ピッチの画素を実現すると同時に視野角特性の改善に特にこだわりました。

近:今回は、お客さまからこれまでよりも大きいサイズのEVFが欲しいという要望があり、今までにないサイズの製品を開発するという点で、いろいろな課題がありました。

加藤:OLEDマイクロディスプレイはカメラに搭載されるため、小型化してほしいという要望がありつつ、視認性を確保するにはある程度大きなディスプレイサイズが必要です。また、視認性という意味では、レンズでより大きく拡大表示できたとしてもディスプレイ自体の精細度が低いと画素が見えてしまう問題が出てきます。開発しているプロセス/デバイス技術で実現できる最小の画素ピッチを検討しました。

田中:私の担当するウェーハ工程のプロセス設計は、ウェーハ上にどのように構造形成するかという役割を担っています。ディスプレイサイズは大きくなるのですが、そこに搭載する画素自体は今まで以上に小さくすることをめざし、これまでの7.8µmサイズの画素から今回は6.3µmの微細画素をめざして開発を進めました。そのために、半導体回路の配線のピッチを小さくし、搭載される容量素子の容量を増やすための設計に取り組みました。

―― 開発はどのように進んだのでしょうか

田村:私の立場ですと、ソニー製のカメラに導入されることを目的としていましたので、最初の仕様決め段階からカメラ設計部署と連携し、試作・評価のフィードバックから量産に至るまで協力をお願いしました。特に、今回はこれまでにない大きい画面サイズを開発するということで、開発チームの中からは本当にそんなサイズが必要なのかといった疑問も出ました。そういう時には、お客さまの声を丁寧に正確にお伝えして、チームが納得して進んでいけるように会話を重ねました。

近:私が担当していた周辺回路は、まずは関係者で課題抽出し、各課題の解決方針を立てた上で、シミュレーション等で実現性の確認をしていきました。その後、実際に設計やレイアウトに落とし込みつつ、システムのプロトタイピングと実証を行って製造工程での実装や運用方法を検討しました。

加藤:高精細化のために画素を狭ピッチ化すると、ちょっと視点がずれるだけで余計な色がついてしまうなど、視野角特性が大幅に悪化してしまうのが問題です。視野角特性を改善するには、発光部分とCF(カラーフィルター)の距離を近づける必要があります。従来のOLEDマイクロディスプレイは、有機EL材料を封止するガラス側にCFを配置していたために、光源からCFまでの距離が遠く、また、ガラスの貼り合わせの精度にも限界がありました。そこで、これらの問題を克服するためにオンチップカラーフィルター*²(OCCF:On Chip Color Filter)のプロセスを導入することに決めました。OCCFを導入することで、CFを光源であるOLEDに近い位置に配置でき、視野角特性が大幅に改善しました。さらに、半導体のプロセス技術が活用できるので、光源との位置合わせの精度も一段と向上させることができました。

*2:OLEDから発光する白色光を色分離してカラー化する技術。

また、CFをOLED上に配置するだけでは、水平方向・垂直方向どちらから見ても視野角特性に色付きが出てしまうため、画素デザインを新たに開発しました。さらに、視野角特性は開発期限のギリギリまで微妙な調整を行ったことで他社を圧倒する性能を実現できています。

近:当グループのデバイスは他社品に比べても抜きん出てきれいだと思っています。まさかというところまで、こだわり抜いていますので。

田村:そうですね。試作品が上がるとお客さまのところへ持って行って見ていただくのですが、お客さまは試作品にレンズを付けて、目の位置を振って画像の見え具合を確認されます。そうして僅かな色付きなどを見つけられると、「気になるなぁ」と戻されてしまうので、私たちとしては、極限まで視野角特性を改善することが求められています。

加藤:最終段階の追い込みは、近さんや田中さんの製品化チームでも行うのですが、改善方法について開発時のデータなどを元に、どこに改善の余地があるかというやり取りを頻繁に行いました。

田中:私のウェーハプロセスの設計では画素の高精細化を行う上で、高容量の素子の形成と配線ピッチの縮小が必要不可欠でした。しかし、従来のプロセスでは実現不可能だったので、素子の構造やデザインルールを作り直す必要がありました。
配線ピッチの縮小に関しては、デバイス設計者や回路設計者と何度も議論を重ねて、配線がショートしないギリギリの最小ピッチやめざすべき抵抗値を決め、そこから素子構造の検討・設計を進めました。
また、画素の微細化によって、容量素子が使える面積は必然的に小さくなってしまうので、従来と同じ容量を確保するために誘電膜を薄くする必要がありました。そこで、どこまで誘電膜を薄くできるか、素子特性やプロセスのばらつきを許容できる限界の膜厚や加工方法を何度も何度も検証しながら進めていきました。
簡単に言ってしまえば、「これまでの大きさの中に入っていたものをすべて、小さいサイズに入れてください」ということなので、配線の幅を狭めたり、膜を薄くしたり、削れるところは全部削っていくという作業でした。このプロセス世代でできる極限の加工にチャレンジしました。

極限まで性能を突き詰めていくと、量産化の時の品質管理も大変だったのではないでしょうか

加藤:開発初期の段階から量産化も視野に入れて検討がスタートしました。どこまでやると量産化した際に歩留に影響が出るかどうかを細かく検証しながら開発を進めました。

田中:本製品は生産初期から高い歩留が保てています。これは、開発初期から量産を考えて設計・開発を進めた成果だと思っています。

AR/VRやHMDなど今後のウェアラブルデバイス発展のカギを握るOLEDマイクロディスプレイ

―― OLEDマイクロディスプレイは、どのような分野で価値をもたらしてくれるのか教えてください

田村:OLEDマイクロディスプレイは、EVF以外にもAR/VRグラスや医療用HMDなどへの採用例があります。
EVFでは従来の液晶と比べて、コントラストや低輝度時の色再現性の高さなど非常に高画質で、たいへん多くのお客さまにご評価いただいています。また、小型、低消費電力という特徴もあり、モバイルやウェアラブルといったアプリケーションへも活用しやすい製品だと思っていますので、AR/VRなどをはじめ、さまざまなアプリケーションに活用いただけるのではないかと期待しています。

近:最初にも言いましたが、シリコンのバックプレーンを使うことで非常に高解像度のディスプレイをつくることができています。加藤さん、田中さんたちの努力で画素の小型化による高解像度化を進められており、今後も更なる改善を検討していきたいと思っています。
ppd(Pixel Per Degree)という、どれだけのクオリティの画像が実際に目に見えているかという指標があるのですが、このPPDが高くなるほどに、現実の見え方に近いディスプレイが作れるようになります。画素の粗い画像を見ていると、画素の点々が気になることがあるかと思いますが、高解像度化が進めば、ディスプレイ越しに見ているものが、現実に見ているものとほとんど変わらないところまで実現できると思っています。例えば、ソニーのミラーレス一眼カメラのフラグシップ機である『α1』に搭載されているEVFは、かなり現実に近い表現ができているのではと思っています。

加藤:EVFって普段は撮影するときに覗くだけと思うのですが、撮った画像や映像を確認するときに背面の液晶じゃなくてEVFで見ると、ものすごくきれいに見えるのでビックリされると思います。

近:ほかにも、色弱の方やLow Visionの方をサポートするアイウェアへの活用も考えられますね。まだまだこれからの段階ですが、このようにさまざまな分野で期待されています。

―― 今後、OLEDマイクロディスプレイはどのように進化していくのでしょうか

加藤:これまではEVF向けが主な市場でしたが、現在はARやVRへの展開も進んでいます。しかし、AR/VRはまだまだデバイスのサイズが大きく気軽には使いにくい状態です。VRでは没入感が大事で、目の前のディスプレイをもっと拡大したいという要求があります。今回の製品は0.64型というサイズなのですが、VRで使うには、もっと大きなディスプレイが欲しいと言われています。
またARに関してはシースルーでの表現になるので、目の前に外光が入ってきます。外光の光量は非常に大きいので、いまのOLEDマイクロディスプレイでは光量が不足してしまうという問題があります。外光に負けると、ディスプレイに映しているものが見えなくなってしまいます。ディスプレイ側の輝度を上げ、外光に負けないようにするという点が大切になってきます。

近:私たちのOLEDマイクロディスプレイは今でも十分明るいのですが、ARの製品は複雑な光学系の設計になっていて、どうしても明るさがロスされてしまうので、これまで以上に輝度を上げていく必要があります。眼鏡のレンズのように薄いパネルで高輝度が実現できるようになれば、いろいろな場面で使われるようになると思います。

―― 今後、挑戦していきたいことを教えてください

田村:この会社にいる以上、尖ったものに関わってきたいと思っています。当グループには、ほかの会社では携わることができない製品がたくさんあるので、そうした製品開発に関わっていけたらと思っています。

近:OLEDマイクロディスプレイに関わらず、面白いデバイスに関わっていきたいです。デバイスは最先端の技術の塊だと思っています。製品に導入されて市場に出るまでに数年かかるので、その何年も前に、最新の景色が見られるというのはやっぱり面白いです。当グループの中には、OLEDマイクロディスプレイ以外にもまだ世界にない製品の開発をたくさん行っているので、挑戦してみたいなと思うことはたくさんあります。

加藤:OLEDマイクロディスプレイを使った小型のARやVRというのはこれから市場が伸びていくと思っています。今時点で伸びていないのは、まだニーズにマッチした製品が出せていないからです。もっと小型で、没入感があって、視認性がよい製品が出てくれば、絶対にもっと売れると思います。AR/VRといった分かりやすいニーズが目の前にあるので、より進化した超小型のディスプレイを提供して、究極のAR/VR開発に貢献していきたいですね。

田中:今回の製品でも画素の微細化ということを突き詰めてきましたが、まだ現実を再現するというほどの高精細には達していないと思うので、これからも突き詰めていきたいと思っています。
また、私たちのOLEDマイクロディスプレイの売りは、性能はもちろんですが、高品質であることだと思っています。
量産時の高品質/高歩留を実現するためには、今回取り組んだように、開発の早い段階から量産を考え、ロバスト(強靭)なプロセスを構築することと、プロセス開発と同時に設計ルールにも落とすことで商品としてもロバストな設計にしていくことが重要です。当グループは設計や開発、量産とすべてが揃っているからこそ、高性能で高品質な製品を世に送り出せていると思っています。私は現在、開発部署へ出向していますが、製造で培った技術や経験を活かしながら、次世代プロセスの開発の中で、ロバストなプロセスの構築に取り組んでいきたいと思っています。

田村:近さんや田中さんの仕事ってなかなか外からは見えにくいのですが、こうした開発はものすごく時間がかかるもので、最初からある程度のきちんとしたものが作れるのは、重要なことなのです。足踏みしながら作っていると、他社に先を越されることや、市場に出たときには陳腐化してしまうことも考えられます。機会を逸せずに、製品を発売できるというのは、開発やプロセスに関わっているメンバーがものすごい努力をしてくれているからなんです。社内に開発から製造までがあることはもちろん、みんなが協力し合えるこの環境が、圧倒的な製品を生み出していく原動力だと思っています。

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