INDUSTRIAL

イメージセンサー

業界最小*1画素による小型化、多画素化を実現したSWIRイメージセンサーが世界の品質検査の水準を大きく引き上げる

2021.10.27

製品の品質検査において重要な役割を果たすSWIR(短波長赤外)イメージセンサー。可視光とは異なる赤外線の一種であるSWIRを活用することで、人間の眼では捉えることのできない傷や異物混入などの検査に活用されています。今回、開発したSWIRイメージセンサーは、業界最小*¹5μm画素で多画素化と小型化を実現し、可視光までも撮像できる唯一無二の製品。他社を圧倒するスペックを有する同センサーですが、開発には初めて尽くしゆえの課題が山積していました。それらの課題解決の方法を伺うと、まさにソニーセミコンダクタソリューションズグループ(以降、当グループ)にしかできないノウハウがありました。SWIRイメージセンサーの開発インタビューを通して、世の中にないものを生み出す当グループの開発力の強さに迫ります。

*1:化合物半導体のInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)を用いたSWIRイメージセンサーにおいて。ソニー調べ。(2020年5月現在)

大沢 真人

ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)
イメージングシステム事業部

丸山 俊介

ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)
第一研究部門

辻 清茂

ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)
イメージングシステム事業部

小笠原 豊和

ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)
イメージングシステム事業部

ソニー初のSWIRイメージセンサー開発前から、他社を圧倒できる技術は揃っていた

―― SWIR、SWIRイメージセンサーとはどのようなものなのでしょうか

丸山:SWIR(Short Wavelength Infra-Red)とは赤外線の一種です。赤外線にもいろいろあり、サーモグラフィなどで人の体温を感じ取るようなものから、体温は感じられないがほかの特性を持つものなどがあります。その中でも、波長帯0.9μm-2.5μmの光をSWIRといいます。
特性は、可視光とは異なる光の反射・吸収の仕方をするので、SWIRイメージセンサーを用いると、いままで人間の眼では視認できなかったものが見えるようになります。また一方で、一部の物質は光を反射せずに透過するので、物の中身を透過して確認することもできます。
他にも可視光よりも光のエネルギーが散乱しにくい特性もあり、霞や霧を透過して、その先の対象物を視認することも可能です。
今回、私たちが開発したSWIRイメージセンサーは波長1.7µmまでのSWIRに加え、独自技術により可視光の撮影も可能となっています。

―― SWIRイメージセンサーは、どのような業界、用途で使用されていますか

大沢:SWIRはシリコンの透過や水分の可視化といった特性を持っています。この特性を活かし、半導体や食品業界での検査を中心に幅広い業界で使用されています。例えば半導体の検査では、半導体のウェーハには主にシリコンが使われていますが、シリコンは可視光を吸収する特性があるので、人間の眼で見える可視光を捉えるデジタルカメラのような一般的なカメラで撮影すると、ただの金属板のように見えます。一方、赤外線のSWIRはシリコンを透過する特性があるので、SWIRイメージセンサーを搭載したカメラで撮影すると、シリコンは透明なガラスのように透けて見え、ウェーハ内部のクラックや内部に混入してしまった異物を検出できます。
他にも、可視光を透過し透明に見える水は、SWIRの中のある波長で見ると光を吸収するので水に色がついて見えます。この特性を活かすと、どこに水分が含まれているのかが分かるので、食品検査などで可視光では判別しにくい果物の打痕や傷の有無が確認できます。

可視光環境

SWIR環境

―― 既存のSWIRイメージセンサーはどのような課題があったのでしょうか

大沢:既にSWIRイメージセンサーは多くの業界で活用されていますが、技術的に大きな課題を抱えていました。その一つが画素サイズです。既存のセンサーは一つひとつの画素サイズが大きいために、一つのセンサーの中にたくさんの画素を並べることが難しく、多画素化しにくいという課題がありました。また画質面でも、キレイに撮ることができず、カメラメーカーが後段処理で画像処理を行う必要がありました。加えて、センサーはアナログタイプなので、カメラ側でデジタル変換しなければならず、カメラ側の信号回路処理への負荷が大きい上に設計のノウハウも必要とされていました。

丸山:これまでのSWIRイメージセンサーは、画素内のインジウム・リン層とシリコン層を、金属の球で接続するバンプ接続を行っていました。画素を小さくするには、この金属の球をマイクロ単位のピッチで正確に並べる必要がありますが、バンプ接続では、このピッチを狭めることが非常に困難です。そして技術的に難しいが故にセンサーの微細化は進まず、高価なイメージセンサーとなっていました。

―― ソニー初となるSWIRイメージセンサーの開発はどのように始まったのでしょうか

丸山:既存のSWIRイメージセンサーはバンプ接続のために微細化が進んでいなかったと申し上げましたが、この接続の問題に関しては、ソニーの積層型イメージセンサーで培った技術であるCu-Cu接続*²が使えそうだと分かっていました。この技術を活用すれば、微細ピッチで画素を並べることが可能です。また、一般的なイメージセンサーはシリコンを光電変換膜として使用しますが、SWIRの波長では、光はシリコン素材を透過してしまい、光を集めることができません。代わりにSWIRの光のエネルギーを捉え電気に変換できるフォトダイオードの素材としてインジウム・ガリウム・ヒ素(以下、InGaAs)が必要となります。ソニーのイメージセンサーでは扱ったことのない素材ですが、私の隣のチームではこのInGaAsを作ることができる化合物半導体の技術を持っていました。さらに、当グループには光のエネルギーをデジタルに変換する回路も持っています。実は、SWIRイメージセンサーに必要な化合物半導体の技術はもちろん、課題を解決する技術も既に社内で持っていたのです。これらを組み合わせれば、これまでにない微細で多画素のSWIRイメージセンサーが開発できるのではないかということで、プロジェクトチームが発足しました。

*2:画素チップ(上部)とロジックチップ(下部)を積層する際に、Cu(銅)のパッド同士を接続することで電気的導通を図る技術。画素領域の外周の貫通電極により上下のチップを接続するTSV(シリコン貫通電極)に比べて、設計自由度や生産性の向上、小型化、高性能化などが可能。

―― 開発をする際のコンセプトや絶対にこだわると決めていたポイントを教えてください

辻:当グループが持っている技術を活用すれば、素晴らしいものができることは分かっていたので、あとはそれをどう活用し、お客さまにとって使い勝手の良いものにするかを考えました。そこでまず、CMOSイメージセンサーで培ったカラムA/D変換回路を搭載して、SWIRイメージセンサーの出力をデジタル化しました。これによりカメラメーカーが後段でA/D変換のための部品を用意する必要がなくなっただけでなく、他社製品が抱えていた画質面の問題もクリアし、カメラメーカー側での補正処理などの負担が非常に少なくなったと思います。またInGaAsは温度の影響を受けやすいため、冷却時の温度制御を簡単にできるようにイメージセンサーの中にデジタル温度計を搭載しました。

丸山:画素を微細化できることは分かっていました。でも、「ソニーとしてそれだけでいいのか」という思いがありました。
SWIRイメージセンサーはフォトダイオードにInGaAsを使いますが、このInGaAsを作る上で不可欠なインジウム・リン(以下、InP)の膜があることで、可視光を撮像することができません。しかし、当グループで検討したCu-Cu接続の構造はこのInPの膜を薄くすることに適していました。そこで、可視光も撮ることができるユニークなSWIRイメージセンサーを開発しようということになりました。

大沢:可視光も撮れるSWIRイメージセンサーが実現できれば、マルチスペクトルやハイパースペクトルといった多数の波長を同時に撮るシステムと組み合わせることによりセンサーの波長帯域の広さを活かすことができ、市場価値が大いに高まるのではないかと考えたのです。

丸山:それともう一つ。既存のSWIRイメージセンサーは欠陥も多くみられました。暗いところを撮ると、真っ白の大きな塊が出てしまうのです。これはInGaAsの品質の問題なのですが、私たちにはレーザー開発で培った化合物半導体の製造技術がありますので、欠陥のない高品質なものをつくるということにもこだわりました。

小笠原:私はセンサーパッケージの仕様作成を担当する立場として、電子冷却素子内蔵セラミックPGAパッケージ(以下、冷却パッケージ)の冷却仕様の決定とその実現に取り組みました。
SWIRは可視光に比べてエネルギーの弱い波長なので、それを捉えるイメージセンサーは非常にデリケートなセンサーになります。そのために温度の影響を受けやすく、ほんの1℃、2℃の違いでも画質に影響が出てしまうほどです。せっかく高画質のセンサーがあるのですから、そのままキレイな画像として出力できるように、一般的なパッケージに加えて、冷却装置を組み込んだパッケージ開発が必要だと考えたのです。
ただし、冷却といっても単に冷やすと結露が出てしまいますので、結露を避けるためにセンサーの周りを密閉しました。またセンサーのデジタル化は、パッケージから出る端子数がどうしても多くなり、パッケージ内の放熱スペースが少なくなってしまいます。その部分のトレードオフがきちんと仕様を満たしているのかという部分も重要な課題でした。

他社を圧倒できるものが開発できるという確信がある一方で、開発初期段階で300件以上の課題に直面

―― 開発中、どのようなところに苦労しましたか

辻:当グループとして初めてInGaAsを使ったSWIRイメージセンサーを開発するということで入念な課題の抽出を行いましたが、開発初期の段階で課題が300件以上も出てきました。さらに開発を進めていくにつれて追加で課題がどんどん見えてきまして、とにかくたくさんの課題対応が必要でした。また、これまでのシリコンでは見られないような、InGaAsならではの現象も現れ、そうした現象を製品としてどう扱うかということにも議論が必要でした。

丸山:イメージセンサーの開発としては、InGaAsに対する知識がありませんでした。隣のレーザー開発のチームはイメージセンサーの知識はありませんが、InGaAsを作ることができる化合物半導体の扱いには長けています。だったら最初からタッグを組んで、一緒に技術開発をやっていこうということにしました。
また、製造現場にとってもInGaAsは初めて扱う材料であったので、製造のメンバーにも開発の段階から入っていただいて、開発の段階から製造を意識して行うようにしました。といいますのも、これまでInGaAsのイメージセンサーは、小さなウェーハでしか製造できませんでした。一方、シリコンのイメージセンサーは大きなウェーハで大量生産が可能です。一度に大量生産ができないと、どうしてもコスト面や供給面で世の中に出せないものになってしまうという課題があったのです。

小笠原:通常のイメージセンサーの開発とは異なり、今回は関わる人数も多く、役割や体制もいつもとは異なっていました。私はサブプロダクトリーダーという立場でしたので、それぞれのチームの役割分担や連携をきちんとつないでいくという、情報の流れにとても気を配りました。
パッケージ開発で苦労した点としては、プロトタイプではうまくできていたセンサーの冷却が、いざ商品開発を進めてみるときちんと機能しない現象が出てしまった点です。冷却パッケージとうたった製品なので、冷えないということは死活問題です。そこで、設計面から徹底的に見直すことにしました。

大沢:当グループの品質管理はかなり厳しく設定されています。今回のSWIRイメージセンサーも、初めての開発・製品化ではありましたが、これまでのCMOSイメージセンサーと同様の高い品質を保つために、開発・製造チームはかなりの努力をしてくれたと思っています。

―― 課題をブレイクスルーできたポイントは、どのようなところにありましたか

辻:通常、課題管理と解決はプロジェクトリーダーが主体となって行うのですが、今回は300件以上もあり、さすがに一人では難しいので、各チームに割り振りつつ、チームにまたがる課題に関しては私が中心となって解決に取り組んでいきました。課題はたくさんありましたが、先行して作ったプロトタイプを見せたお客さまからの評判は良く、「まるで異次元の画質だ」というお言葉もいただいていたので、メンバーは高いモチベーションを維持でき、開発を無事に進めることができたと思っています。
また、シリコンでは見られなかった現象に関しては、お客さまに積極的に情報を開示し、お客さまがこのセンサーの特長をしっかりと理解できるように心がけました。

丸山:ウェーハの大型化の課題は、切断して貼るしかないということは初期の段階から分かっていました。問題は、その貼る方法です。アイデアは出るのですが、なかなかうまくいかない。そこで当グループの中にいるさまざまなエンジニアに相談しました。私は常々「技術の前には役職関係なくみんな平等である」と思っていますので、ベテランから新人まで文字通り片っ端から聞いて回りました。こうしてさまざまなアイデアをもらい、検討・検証していくことでブレイクスルーに漕ぎつけました。アイデアの中には半導体にはない技術もたくさんありました。こうしたアイデアは自分たちだけでは絶対に出てこないもので、実際、この半導体以外のアイデアによってウェーハの大型化が実現しました。
当グループには本当にいろいろな人がいて、いろいろなアイデアを出し合います。気軽に聞ける社風がありますし、聞いたらみんな答えてくれます。ともすれば一緒のチームに入ってくれます。「ホワイトボードに書いて、これならうまくいくはずだと言っても分からないだろうから、直接見るよ」って、実際に手伝ってくれる方もいるのです。開発者は技術難度が高いほど燃えるんです。

小笠原:当グループの中には熱に詳しい人がいるので、相談しに行きたいのですが、相談される側はイメージセンサーに詳しいわけではないので、いま私が抱えている熱の課題はどこに問題がありそうか、自分で分かっている必要があります。相談するべきポイントが分からないと、答える側もピントがずれてしまいます。ですので、知識はなくても、事実整理をし、問題はこの辺のはずだという感覚をつかむまで徹底的に考えました。
そこで基礎に戻って、熱がどのように伝わるのかというところから理解するようにしました。そうした上でシミュレーションし、試作品で熱の移動を測定し、このパッケージはどのような熱の移動の仕方をするのかということを徹底的に把握し、冷却できなくなる原因を突き止めました。結果的に、こうした理解によって製品化に向けて、どういう評価試験をしなくてはいけないかという品質管理にも役立つこととなりました。

ビッグインパクトをもたらすソニーのSWIRイメージセンサー市場の可能性を一気に押し広げる

―― ソニーのSWIRイメージセンサーはどのようなソリューションが期待できますか

大沢:画素の微細化による多画素化という恩恵は非常に大きく、これまで検知できなかった細かな傷までも判別できるようになるなど、検査品質の向上が期待できます。また、デジタル化によって、カメラの設計がより容易になりますので、コスト面を含めてお客さまにとってより導入しやすいイメージセンサーになるのではないかと思っています。私たちは「より高い品質の検査を世の中に広めていきたい」という想いがあるので、今回のSWIRイメージセンサーがそのための大きな役割を担ってくれると確信していますし、すでに、お客さまから「傑作だ」という高い評価もいただいています。
私たちのSWIRイメージセンサーは、当グループならではの使いやすさや性能といった特長がたくさんありますので、市場に対するインパクトは非常に大きいと思っています。これらの特長を活かして、新しい活用方法も提案できるのではないかと考えています。

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―― 今後のSWIRイメージセンサーの可能性を教えてください

大沢:一般的にイメージセンサーはAIの活用によって検査精度が上がるといわれていますが、そのためには質の良い画像で学習させられるかということが重要です。われわれのセンサーで撮像した高精細な画像を読ませることができれば、これまでは発見できなかったような、より細かな現象も発見できるようになるのではないかと考えています。また、可視光とSWIRの波長も加えた、これまでにないハイパースペクトルでの検査も可能になれば、想像できなかった検査品質が確立されるのではないかと思っています。

―― これから挑戦したいことを教えてください

大沢:ソニー初のSWIRイメージセンサーは、本当に多くの人々の熱意によって開発されました。私たちのSWIRイメージセンサーによって、これまで導入できなかったり、検討すらしていなかったお客さまにも、導入を検討していただけるように提案していきたいと思っています。SWIRの波長にはまだまだ多くの可能性があり、さまざまなお客さまのニーズに答えられると考えているので、より多くのお客さまの課題発見と解決のお手伝いができるように頑張っていきたいと思います。

辻:これからSWIRイメージセンサーを使ったことがないお客さまにも活用していただけるようにしたいと思っています。そのためには、まだまだ使い勝手を向上させていく余地があると思いますので、当グループの他のCMOSイメージセンサー並みに、誰にでも使いやすいイメージセンサーにしていきたいです。

丸山:今回のSWIRイメージセンサーは性能面でもまだまだ進化する余地は残っていると思っています。現時点でも他社に対して圧倒的な差があると自負していますが、さらなる絶対的なポジションを獲得できるようにしていきたいです。私たちだからこそできる、さまざまな機能、ユニークな機能を盛り込んで、唯一無二のセンサーをつくっていきたいと思っています。

小笠原:今回、初めて尽くしで開発してきました。これから製品が世の中に出てお客さまに使われることでさまざまな声を聞くことができると思います。そうした声を大事にして、次のより良い製品づくりに活かしていきたいです。また、パッケージの次の一手は、考えに考え抜かないと、使い勝手の良いものにならないと思っています。お客さまの声を聞き、お客さまの期待を越える使い勝手の良いパッケージを検討し、次の製品に盛り込んでいきたいと考えています。

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