INDUSTRIAL

イメージセンサー

高速化や多画素化はもとより小型化を突き詰めて開発された「Pregius S」はロボットアームなど新たな市場開拓の橋頭保へ

2021.02.02

世界初のCCDカラーカメラの商品化に始まり、裏面照射型CMOSイメージセンサー、積層型CMOSイメージセンサーを世界に先駆けて商品化し、いまでは私たちの生活になくてはならない製品を次々と生み出し続けているソニーセミコンダクタソリューションズグループ(以降、SSSグループ)。まさに、ここは未来に一番近い場所であるといえます。本企画では、製品開発メンバーのインタビューを通して、世界をリードし続けるSSSグループならではの製品開発の方法や、課題発見と解決のためのメソッドを紐解き、私たちの未来がどこへ向かっていくのかを垣間見ることができればと思います。

第一回目として取り上げるのは、産業機器分野のグローバルシャッターにビッグインパクトをもたらした「Pregius S」。幾度となく繰り返された挫折と挑戦の末に多画素化、高速化を実現させ、産業機器分野におけるイメージングの常識を一変させた本製品の開発ストーリーから、今後のイメージングの進化と未来を探ります。

西出 勤

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
イメージングシステム事業部

熊谷 至通

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
第一研究部門

田中 久子

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
イメージングシステム事業部

山根 淳二

ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(株)
IS製品部門

※2021年10月インタビュー時の情報です。

CCDからCMOSへ課題を抱えながらも市場が強く求めた、グローバルシャッターの進化

―― グローバルシャッターとはどのようなものなのでしょうか

田中:CMOSイメージセンサー(CIS)には大きく2つの方式があります。一つは光を電子に変換したものを読み込みながら出力していくローリングシャッター方式(RS)。もう一つは変換した電子を一旦貯めて、最後にまとめて出力するグローバルシャッター方式(GS)です。RSの場合には、早く動いている被写体を撮像すると、被写体が歪んだり、間引かれたりと、しっかり静止した状態で捉えることが難しいのですが、GSの場合には、被写体の全体を取り込んでから出力するので、高速で動いている被写体でも画像が歪まず静止して見えるのが特徴です。
このGSは、主に産業用のマシンビジョンカメラに搭載されています。工場内の製造ライン検査、半導体装置、基板実装機、画像検査装置、ディスプレイ検査、食品・薬品検査、倉庫内の物流ライン、バーコードリーダーなどの荷物検査、高速道路を走る車両のナンバープレートを確認するITS(高度道路交通システム)など、幅広い分野で、素早く動く被写体を正確に確認・検査する用途に使われています。

―― CCDイメージセンサーを使用していたGSですが、なぜCISにGSを搭載させるようになったのでしょうか

山根:従来、ソニーをはじめ多くの企業が、原理上GS機能を持っているCCDイメージセンサーを採用していましたが、CCDイメージセンサーは消費電力が大きいという弱点を抱えていました。この消費電力は、センサーの多画素化が進むほどに大きくなるので、お客様からの省電力化への要望も大きくなっていました。そうした中で、消費電力の小さいCISにGSの機能を持たせた製品が、徐々に市場に投入されるようになり、注目が一気に高まっていきました。

田中:もう一つ、CCDイメージセンサーが抱えていた弱点として、フレームレートの問題もあります。産業界においては、タクトタイム(1日当たりの生産数量)がとても重要で、私はお客様と直接対面する立場であるため、「もっと速いイメージセンサーが欲しい」と日頃から要望を承っていました。そうした状況下で、他社がCISで非常にフレームレートの高いGSを出し始め、SSSグループからも高速化したGSを出すように、強くリクエストされていました。
また、CCDイメージセンサーは強い光を撮像するとスミア(周囲より極端に明るい被写体を撮影した際に発生する白っぽい帯)が出てしまうことがあります。ITSなどで車のナンバープレートを撮影する際、ヘッドライトでスミアが出てしまうのですが、CISになるとスミアは発生しないという特性もあります。

山根:とはいえ、なぜこれまでCISのGSがなかったのかという理由にも直結するのですが、CISにGSの機能を持たせるには、これまでのCISに特別な構造を追加する必要がありました。そのため通常のCISよりも微細技術を駆使しなければならず、メモリー蓄積構造のポテンシャル設計やそれをフォトダイオードに作り込む設計、貯めこんだ情報をもれなく伝送する技術、画素設計の技術、微細加工の技術など、求められる技術は多岐にわたります。
また、一般的な半導体と決定的に違うのが、イメージセンサーは光を扱うという点です。光の漏れ込みが直接ノイズとして作用してしまうため、徹底的に光の漏れ込みを抑え込むということも大きな課題でした。

田中:また私たちが開発を進める上でとても重要視したことが、画質の全体的なノイズ(FPN:固定パターンノイズ)を如何に抑えるかという点です。他社のCISは、低消費電力や高速性(高いフレームレート)という点では優れていたのですが、ノイズがたくさん発生してしまい、画質が良くないというクレームが多数あったと聞いていたからです。たとえ速く撮影できても、ノイズによって検査精度が落ちてしまうというデメリットがある以上、検査装置メーカーはCISの積極的な採用に二の足を踏んでいる状態でした。
こうした状況下で、SSSグループでも世界に先駆けて市販化していたRS 方式のCISやCCDイメージセンサーで培った画素技術を活用し、GS方式のCIS、「Pregius」の開発に取り組むことになりました。

後発というディスアドバンテージを覆し市場獲得を可能にしたSSSグループの挑戦的な仕様設定と遂行力

―― 後発となったGS方式のCISで、どうしても譲れなかった「Pregius」の開発コンセプトはありますか

西出:先ほど、山根さんも仰いましたが、CISにGS機能を持たせる上で、特別な構造を加える必要がありました。具体的には、画素一つ一つにメモリーを入れなければならず、その結果、一つ一つの画素の飽和容量が小さくなってしまうという問題がありました。必要な飽和容量を確保するためには画素を大きくしなければならないのですが、主なお客様である産機市場では小型化を強く求められており、「Pregius」の開発にはこの「飽和の確保」と「小型化」という、相反する課題をクリアする必要がありました。
この大きな課題があるのは承知の上で、「Pregius」の仕様は、産機市場を広くカバーするために高解像度、16:9、4:3、1:1などアスペクト比を変えたラインナップ展開。そして、高解像度でありつつも小型化し、CCDイメージセンサーを大幅に超える特性を実現することを開発にオーダーしました。

熊谷:ビジネス部門から、従来製品より小型化しつつ、飽和の特性はキープしなければならないといわれましたが、開発としては、この要求は非常に難易度が高く頭を悩ませるものでした。小さいバケツ(画素)で、どれだけ飽和容量を稼げるかというのは本質的な問題で、これまでにない全く新しいアイデアを用いない限り、解決できないものでした。
そこで、従来のメモリー保持型のポテンシャル設計に対して、SSSグループが持っている技術を片っ端から盛り込んでブレイクスルーに挑みました。過去の事例を参考にしつつ、それを打破するために「あらゆるアイデアを押し込んで検証する」。言葉にしてしまうととても普通に聞こえますが、このアイデアを捻出するという作業は開発として非常にワクワクする部分でもあり、とても苦労する部分でもありました。

―― 新しいアイデアを出し続けるという、忍耐力と発想力はどこからきているのでしょうか

熊谷:この飽和の問題は、実際に画出しして顕在化した時には、会社を辞めようと思ったくらいの衝撃でした。その時に一度トライしたことがあったのですが、思ったようにブレイクスルーできなかったという苦い経験がありました。その時の悔しい気持ちは一生忘れられないほどのものでしたし、だからこそ、『今回は絶対にやりきってやろう』という意気込みで取り組みました。
その結果、多画素化、小型化を実現しつつ、他社がクリアできなかったノイズの除去までも成功し、市場から高い評価をいただけたのはとても嬉しく思っています。

高い評価を得ながらもすぐに開発着手した「Pregius S」半導体のリーディングカンパニーならではの市場予測と戦略

―― 評価されている「Pregius」がありながら、すぐに「Pregius S」の開発を始めたのはなぜなのでしょうか

田中:SSSグループの「Pregius」は、他社に比べてノイズが圧倒的に少ないという画質特性で高い評価をいただいていましたが、産機市場のニーズの流れはとても速く、より小型化(微細化)、多画素化、高速化が求められるようになっていました。
そこで、RS方式で市販化まで進んでいた裏面照射型、積層型の技術をGS方式に取り入れてみようということになりました。従来の表面照射型から裏面照射型にすることができれば、フォトダイオードに光が入り込む面積が増え、集光効率が高まります。集光効率が高まれば、さらに画素サイズを小さくしても、同じ感度を維持できます。実際、「Pregius S」は、裏面照射型にすることでこれまで以上の微細画素にすることができ、同じイメージセンサーサイズで約1.7倍の高解像度化が実現できました。
また、積層構造を用いることで、下層に回路を自由にレイアウトできるので、さまざまな機能をセンサー内に搭載させると共に、高速化も実現させました。「Pregius S」では、小型化、高速化、多画素化をさらに進めると共に、さまざまなお客様のニーズに応えられる設計にすることをめざし、その実現を成し遂げました。

従来構造での撮像画像イメージ
(1200万画素×3枚)

新構造での撮像画像イメージ
(2000万画素×約4枚)

西出:私が仕様を決める際にこだわったのは、お客様で一番使われている29mm×29mmサイズのCマウントカメラに収まるサイズにすることです。そのサイズを実現した上で、多画素、小型化を図り、さらに「Pregius」をご利用いただいているお客様が、「Pregius S」に簡単に乗り換えていただけるようにピンコンパチブルにすることとしました。
また、お客様の利用方法が多岐にわたっている点が、「Pregius」の開発当初の市場状況とは大きく変わっていました。そこで、お客様のニーズに合わせて自由に選択できるように、画素数、アスペクト比、速度やインターフェースの部分で幅広くラインナップ展開をすることとしました。
もちろん、特性面では画素をさらに微細化しつつも、「Pregius」の画質を維持または向上させる点も妥協できないポイントでした。

―― 表面照射型と裏面照射型では、設計の考え方がまったく異なるのではないでしょうか

チップ断面イメージ図

山根:「Pregius S」を開発する上で一番大きな課題は、裏面照射型にすることで光を多く取り込めるようになり、多画素化が実現できるのですが、その一方で、光が余計な部分に入り込まないように遮蔽しなければならないという相反する問題をどのように解決するかでした。表面照射型のときは、配線などで必然的に生まれていた遮蔽構造が、裏面照射型にすることで一切なくなります。集光効率を飛躍的に向上させるための裏面照射型の構造・技術なのですが、皮肉なことに、せっかく何もない画素部分にわざわざ遮蔽構造を作る必要があったのです。裏面照射型で開発を進めることが決まった時から、この部分が大きなポイントになることは分かっていたので、心してプロセス設計に取り組みました。

熊谷:私が担当した画素設計の部分でも、この遮蔽構造は大きな課題となりました。遮蔽構造を入れるだけでも大変なことなのですが、この遮蔽構造を入れることで、これまで画素設計で自由に使えていた領域で物理的に使用できない部分が出てきたのです。さらに、この遮蔽構造が飽和や転送という部分でも悪影響を及ぼすことも分かりました。設計上は何ら問題がないはずなのですが、試作して試験をしてみると設計通りの数値が出ないのです。これまで想定したことがないもの(遮蔽物)が入ってきたことにより、設計の理論値と試作品の実数値とのギャップが発生してしまい、遮蔽構造による光の抑え込みと、飽和と転送の両立には非常に苦労しました。

山根:光を最大限利用しつつ、遮蔽のために新しい構造を入れなければならない。画素設計でもかなりの苦労をしていただきましたが、プロセス設計の面でも、構造上、今までにないものを入れ込むことで、ノイズの発生や光の取り込み不足など設計通りにならないことが多く、かなり試行錯誤を重ねて最適化を進めました。
遮蔽物のプロセス設計と画素設計は、それぞれが勝手に設計してもうまくいくことはありません。しかし、熊本の工場と厚木の開発とで頻繁に会って話をすることはできないので、連日、チャットや電話会議などでやり取りを重ねました。その点、熊谷さんは非常にレスポンスが早く、ちょっと疑問があった際にチャットするとすぐに返事をいただけたので、開発が停滞することなく、さまざまな検証を効率よく進められたと思っています。

―― ここまでの技術を詰め込んだ「Pregius S」
当然、今後の幅広い活用も考えて開発したと思います

田中:「Pregius S」は、これまでにない小型化、多画素化、高速化を実現していますので、高精細化が進む実装検査装置、3D外観検査装置、画像検査装置、物流業界でのAGV(自動搬送機)、ロボットビジョンなど幅広い分野での活用を期待しています。
ラインナップ展開も、24M~5Mと幅広く対応させており、特に5Mはさまざまな産業で利用用途が考えられます。これまでのマシンビジョンでは、29mm×29mmサイズのカメラタイプにレンズをつけることが一般的でしたが、これからは、装置の中にセンサーと小さなレンズを取り付ける組込型も多く採用されていくと思います。組込型はカメラとしての形ではなく、エンベデッドビジョンなどロボットアームやAGV(自動搬送機)などの先端に小さなセンサーを取り付けることが可能になるので、これまでのカメラメーカーだけでなく、物流の現場など、エンドのお客様にもアプローチして、導入を検討いただけると考えています。
またインターフェースも幅広く用意しており、汎用ISPでも容易に開発可能なMIPIのインターフェースも採用し、マシンビジョンを初めて開発するお客様も導入しやすくしています。

独自の裏面照射型画素構造のグローバルシャッター機能を搭載した積層型CMOSイメージセンサーPregius S 技術が入る IMX530-AAMJ(白黒)とIMX530-AAQJ(カラー)

西出:他には、高速での認識性能に優れているので、ITSにも広く導入されていくと思っています。高速道路などのナンバープレート認識でGSの需要は増しており、多画素、高精細、高速、小型でありつつ、ノイズが圧倒的に少ないという「Pregius S」の特性は、ITSにも最適なセンサーだと思っています。

田中:さらに、今後のことも考えると、リサイクル、SDGs(環境・教育・保健など)、科学、VR、多視点カメラを活用したいスポーツなど、幅広い分野で使われることも期待できます。
特にスポーツ業界では、サッカーや野球などの速い球の動きもGSなら歪みなく映し出せるので、より綺麗な映像を映し出す上で「Pregius S」の必要性は高まっていくのではないでしょうか。

熊谷:GSは同時性を確保できる唯一の技術なので、ヘッドマウントディスプレイやモバイルなど、市販向けにも応用できると思います。

西出:「Pregius S」は、高解像度で高速のものを認識するという特性に加えて、今回新規の機能として、アーティファクトレスHDRという明るいところから黒いところまでを綺麗に映し出すことや、動きが速いものでも歪みなく撮像することができるので、より幅広い認識領域で活用のチャンスが出てくると思います。

山根:私はCCDイメージセンサーの時から関わっているのですが、CISでもGS機能を搭載し、高速性と低消費電力性を確立して、裏面照射型でさらに多画素化、高速性を推し進めることができました。これまでは主に産機市場で活用されていますが、よりブレのない精度の高い画像が求められるようになれば、民生利用など様々なシーンに広がっていくだけのポテンシャルは持っていると思っています。

SSSグループの挑戦に終わりはない可能性はまだまだ広がっており お客様の数だけニーズがある

―― 最後に、これから挑戦したいことを教えてください

田中:世の中はどんどん進化していて、20年前に比べると、本当に便利になったなと思っています。今後も、スマートフォンがより便利になっていき、自動車も自動化していくと思います。そうした中で、人々の生活がより豊かになり、必要とされるニーズを見つけ出し、設計開発メンバーと協力しながら、これまで以上に優れたイメージセンサーを世の中に提案していきたいです。

熊谷:今回の「Pregius S」の開発で画素の微細化を実現しましたが、この微細化にはまだまだ続きがあると思っています。画素の微細化は、そのまま解像度の向上や認識力の向上につながっていきますので、GSのさらなる微細化の実現に向け、新たな技術に挑戦していきたいと思っています。

西出:認識力の向上、工場などでのスループットの向上、カメラが使用できる温度範囲拡大のために、フレームレートとインターフェースの高速化を求めていきたいです。「Pregius S」でかなりの高速化を実現しましたが、実は、お客様からは、もっと高速化して欲しいという要望も多くいただいている状況です。とはいえ、高速化すると、発熱して使用できる温度範囲が狭くなりますので、この発熱を抑制するために低消費電力化が大きな鍵を握っています。これを実現するために、開発メンバーと協力しながら新たな技術に挑戦していきたいです。

山根:現在、イメージセンサーは様々なシーンで活用されていますが、今後、それぞれの用途に合わせた特性が一層必要になってくると考えています。HDRや、距離を測るセンサー、暗闇に強く人の目に見えない波長を使った車載向けセンサーなど、目的によって求められる特性は千差万別です。そんなさまざまな要望に応えるには、当然、特別な技術が必要になってきますので、それぞれの特性を伸ばす新しい技術を求めていきたいと思っています。

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